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そう言われて、俺はふと思い出した。
確か隣のクラスに、入学して間もなく登校拒否になってしまった生徒がいたはずだ。その生徒のあだ名が"雪女"だ。ちょうど俺は、入学したての頃にとある事情で学校を休んでいたから、その生徒とは鉢合わせたことがなかった。だから、その生徒が今目の前にいる彼女だという保証はない。だが、不思議なくらい自然に彼女がその"雪女"なのだろうと俺には思えた。
「よくここに来んの?」
「ええ」
「学校には行かずに」
「行けないわ。行ったら私、溶けて消えちゃうもの」
「雪女だから?」
「ええ、そう」
「……………ふぅん」
ズケズケと学校のことまで話にあげてみたが、彼女は最初からプログラムされていたかのように冗談を返してきた。頭の回転がかなり早いのだろう。きっと、それも人間みがないように見えてしまう原因だ。それでも彼女の吐く息は白く、マフラーに埋めた頬はほんのり赤い。
「じゃあ、私はこれで」
「へ?ちょ!ちょっと待って!」
「……何か?」
「あ………えぇと……………そう、名前!」
こてん、と彼女は首を傾げた。
「名前?」
「そう。雪女にも名前くらいあるだろ。俺はひなた。日を向くで日向。君は?」
彼女の名前くらい学校で調べてみればいい、だとか、そもそも一人になりたくてここに来たのに何引き留めてんだ、とか、そんなことを内心で思いつつ俺は彼女の言葉を待った。
ついさっきと似たようなツンとした風が彼女の柔らかそうな髪をとかす。
「………ましろ。ひらがなで」
それだけ言うと、ましろは俺が通って来た道とは違う方へと歩き出した。そちらには、彼女の靴と同じ足跡がまだ残っている。
「俺、明日もここ来るから!また会おう、ましろ!」
なんでこんな一方的な約束してるんだ、と心の中でもう一人の自分がまたぼやいているのを適当にあしらいながら、俺はましろが一歩一歩踏みしめる雪の音を聴いていた。
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