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揺れる香りに包まれて
体に小さく響いていたリズムが止まり、人々のざわめきが耳に飛び込んできた。それと同時に目を開ける自分がいることに驚き、急いで開いているドアの上を確かめる。
表示されている駅名は降りる予定の3つ手前だった。
小さく安堵のため息を吐き出してから、膝の上に転がったままの文庫本を手に取る。
しおりが外れたまま閉じられてしまったので、記憶を手繰りながらページをめくっていく。
確か、このあたり……
そう思ってしおりを挟もうとした手が止まった。
ふと視線を上げるととても背の高い大学生くらいの男の子が隣に座るところだった。
顔もよく見えなかったのに、視線を思わず上げてしまったのは、ふわりと心地よい香りが肩に触れたからだ。
グレーの厚めのパーカーから香るそれは、どこか懐かしく優しい。そこに、彼が手に持つ小さな缶からコーヒーの香りが混ざり込む。
なんだろう。
なんでこんな気持ちになるのだろう。
それ以上は隣を振り返ることも出来ず、私はひたすら体を硬くする。
ほんの少しでも、こちらから触れたら逃げられてしまうのではないかと、なぜかそんなことを思ってしまう。
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