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初仕事
「ええ、片付け?」
「そうだ。蓮ちゃん、分かるか?」
「なごみの隠居?」
「そうだ。その友人の家の引っ越し準備をして来てもらう。一緒にジェイが行くからしっかり手伝うんだぞ」
「片づけを?」
「片づけを、だ。なんだ、仕事を選ぶ気か?」
「だってじぃじ、俺たち改築の仕事をやらせてもらうんじゃねぇの?」
哲平は六花とお竜の非難の目をびくともせずに弾き返した。
「俺がお前たちの雇い主だ。その俺がやって来いと言ってる。ならこれも仕事だということだ」
「なんか……納得いかない」
「お前に納得してもらうために仕事はあるわけじゃない。どんな仕事だって手を抜かずにやる。そんな人間が俺はほしいだけだ。初っ端からこれじゃ、もうクビだな」
「そんなぁ!」
「甘く見てるんじゃないか? 俺は引っ越し屋も経験してるが、大変なんだぞ、家一軒片すってのは。3日やる。それで何とかして来い」
六花もお竜も正直がっかりしている。
「俺たちに出来ることってのが分かってないんだよ、じぃじには」
「片づけするために一年も休学したんじゃねぇし」
ぶつぶつ言いつつも二人はもらった電話番号にかけた。相手はジェイだ。
「俺、六花」
『六花くん? 尾高さんの家の片づけを手伝ってくれるんだよね。ありがとう、助かるよ!』
「それで? いつどこに行けばいいの?」
『俺ね、もう尾高さんの所に来てるんだよ。成美駅、分かる?』
「分かる」
『すぐに出られるのかな?』
「うん」
『じゃ、30分後に駅に迎えに行くから待ってて』
「分かった。じゃ」
ジェイのちょっとテンション高めの返事とは違って、六花の声は沈んでいた。
「成美駅に迎えに来るってさ」
「片づけか…… さっさと終わらせようぜ、3日なんてきっとかかんないよ。早めに終わらせて次の仕事もらおうぜ」
「そうだな」
お竜に気の乗らない返事をしながら二人で駅に向かった。
ジェイは元気だった。
「いらっしゃい! ここから7分くらいのところだよ。行ってびっくりするだろうけど口には出さないでね。尾高さんの人生は奥さんを亡くした時に止まってしまったんだ。蓮と説得してやっとなごみ寮に入居することを承知してくれたんだよ。だから笑顔を見せてあげて。若い子からの笑顔って、特別な元気をくれるからね」
二人は適当な相槌を打ちながらジェイの後をついて行った。
「え、ここ?」
「うん、ここだよ」
玄関の植木鉢はもう枯れてしまって、塀の内側にいくつも重なっていた。ドアの取っ手はさび付いている。昔は犬でも飼っていたんだろうか、古びた犬小屋が片隅に放置されていた。六花とお竜は顔を見合わせた。
「奥さん亡くなってどれくらい経つの?」
「1年以上かな…… 中はね、自分の部屋以外は何も手を付けてないんだよ。だから処分するものがたくさんあるんだ。寮には収納もたっぷり用意されるから家具もほとんど要らないしね。この際だから役所ごとも二人に覚えてもらおうと思う。そう哲平さんにも言われてるし」
「役所!? 俺たちそういうのは……」
「将来すごく役に立つよ。昔ね、18の男の子にそういうのを教えたんだ。彼は一生懸命勉強してなんでも一人で出来るようになった。二人ともいい機会だから覚えてね。俺がちゃんと教えるから」
これが仕事なのかと、益々困惑する二人。
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