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序
夏祭り。
楽しい屋台通りの裏手で上品ではない声が聞こえる。
「お嬢ちゃん、いいことしようぜ」
「お兄さんたちと遊ぼ」
「カラオケって入ったことある? 楽しいよー、連れてってやるよ」
「うるさい、放っとけ」
「お、強気だね」
「いい気持にさせてやるだけだよ」
「大丈夫、悪いこと何もしないから」
三人の男に声をかけられた可愛い女の子は歩き出そうとする。だが、すぐに通せんぼされた。
「俺たちから逃げられると思ってるの?」
「痛いの、いやでしょ?」
品の無い連中に対して、女の子にしては威勢のいい言葉が飛び出す。
「俺が大人しい内にやめとけよ」
「女の子がそんな言葉使っちゃダメだよ」
ニタついた男に今にも捉まりそうになり、女の子は後ずさりした。そこに誰かが走って来る音が聞こえる。
「お嬢! 探しましたよ」
「お前、」
駆け寄った若い兄ちゃんは女の子に最後まで喋らせない。
「なんです、こいつら」
「お。王子様ご登場か?」
「お嬢、だってよ」
「俺たちに勝てると思ってんの?」
若い兄ちゃんは前に出て自分の背に女の子を庇った。
「下がってください、お嬢。こいつらは俺に任せ」
その『お嬢』は一歩下がってその若い兄ちゃんのケツを後ろから蹴り飛ばした。そのせいで、兄ちゃんはつんのめりそうになる。
「だぁれが『お嬢』だっつーの!」
「だって、六花が絡まれてるからさ」
「ざけんな!」
『六花』と呼ばれた可愛い女の子は前に飛び出す。再び男たちに捉まりそうになる……と思ったら、すっとその体が沈み込む。
次の瞬間。男の一人が「うあ、!」と叫んで倒れた。
「このヤロー、なにしやがん」
掴みかかろうとするその男の体は宙に浮いて投げ飛ばされた。
「お、お前、男か?」
「気がつくのがおせぇっつーの!」
残った一人の手首を掴む。だが六花はその男に足を蹴られて倒れ込んだ。
「ちっちゃい子になにしやがんでぇっ!」
兄ちゃんの足が上がったと思うと、豪快な蹴りが相手の腹に決まる。
最初に倒された男がやっとの思いで立ち上がると、一人を放ったらかして隣の男を肩に担いだ。
「お、覚えてろよっ」
「誰がお前らなんか覚えるか!」
二人は蹴り倒された男を放って、逃げていく。
「お竜、追わなくていいのか?」
『六花』が『お竜』に聞く。
「あんな連中。それにここに一匹残ってるし」
気絶している男はお竜が後ろから喝を入れられると、「う、うう」と気がついた。
「チンピラ、お前、どこのもんだ?」
「ど、どこって、」
「三途川のもんだって知ってて手ぇ出したのか?」
「み、みとがわ? お、おれ、一般人、で」
「あぁあ?」
「ゆ、ゆるしてください、本当に組とかじゃなくて」
六花の熱が冷めた。
「行っていいよ」
「六花!」
「弱いのイジメてどうすんだよ、逃がしてやれ」
「しょうがないなぁ。ほら、行け」
男は這って後ずさり、途中からよろっと立ち上がって逃げて行った。
六花はお竜に向かって、ぶん! と足を振り回した。その足をお竜は片腕で受け止めた。
「誰が『お嬢』だって? 『ちっちゃい』って言ったな、俺忘れねぇからな!」
「ごめーん、その方が早く終わるかと思って。逃げると思ったんだよ」
「いい加減にしろよ、俺を女の子扱いすんの」
「だって六花、女の子みたいだもん」
「お竜は男みたいなくせにっ」
口喧嘩をしながら祭りの喧騒に入っていく二人は、実は幼馴染。本気で怒り出す六花を宥めつつ、頭一つ体格のいいお竜は一緒に歩いて行った。
六花、15歳。お竜16歳。
「焼きそばだよ、美味いよっ」
「たこ焼き、いかぁっすかぁ?」
屋台の呼び込みが賑やかだった。
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