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「どうした?!」
民間人を呼びとめた後、まったく動こうとしない仲間に苛立っているのか。足音が荒い。目の前の捜査官より年配で私服……とくれば上司だろう。
「責任者呼べよ。きっとオレのこと知ってるさ。疲れてるし、ホテルに帰りたい」
やたら偉そうな民間人に怪訝そうな顔を見せたものの、無線を使って本部と連絡を取る私服の男に、オレは咥え煙草で内心ほくそ笑んだ。
こっちのが出世するタイプだな。
ポケットから取り出したライターで火をつけ、深く紫煙を吸い込んだ。
バッグの重みが肩に食い込む。中には3つに解体されたライフルが無造作に収まっている。黒いジャケットの胸ポケットは、ライフル弾の予備だけでなく、狙撃の際に落ちた薬莢が入っていた。しかも、内ポケットの偽造IDもある。
今、身体検査されたら……マズイ。硝煙反応も出るだろう。
妙な疑いを持たれないうちに、この場から逃げ出したかった。
無線でひそひそ話をしていた私服警官が、オレに向き直った。
「連絡、取れたのか?」
「本部まで同行していただきます」
「オレはホテルに帰りたい」
「後でお送りしますから……」
丁重な男の口調は慇懃無礼で、断る隙を残していない。しばらく睨みつけていたオレだが、根負けと言った風を装い頷いた。
どうやら『シェーラ』の名前だけでは不満らしい。照合はコンピュータで一瞬だし、偽物でないのは分かってる筈だ。
……仕方ない。アイツに頼もう。
ちらりと脳裏に浮かべた男は、迷惑そうに顔を顰めながらも……どこか楽しそうな笑みを唇に滲ませていた。
オレにとっても……この連中にとっても、ここで解散した方が幸せなのに。
最後の紫煙を吐き出し、短くなった煙草を足元に落として踏みにじった。
本部は、オレが狙撃したターゲットのいるホテル2Fにあった。現場に近く、なおかつ犯人を捜索する地区の中心は、合理的な指揮所だ。
一政治家の暗殺に、地球側がここまで過剰反応するのは想定外だ。
今まではまったく違った。見た目だけの捜査と犯人逮捕、冤罪だろうと気にしなかった連中らしくない。
案外『自治政府の有名な政治家が殺された』ことより、『公安の威信をかけて捜索した』の方が重要なのかも知れない。なにしろ、この地区は本庁の目の前だった。
お膝元での暗殺事件は、彼らのプライドをいたく傷つけたのだろう
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