6.蛇に睨まれた蛙

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6.蛇に睨まれた蛙

 やられた……っ!  ああ、もう……なんて奴だ、特権乱用もいいとこだッ!  イライラと右手の指先が小刻みに机を叩き、ノイズが走る画面を睨みつけた。 「ちょっとどいてくれ」  リューアの件があるから、さすがに警察の態度が柔らかだ。強引に机の上の端末を引き寄せ、キーボードを叩く。ただのVIPじゃないと判断されのだろうが、ルーイにとって彼らの思惑などどうでもよかった。  なんとしても文句の一言や二言……もう一度回線を開こうとアクセスするが、キーボードから打ち込んだコードが拒否される。  エラー音が響く端末は、向こうからロックされて接続を遮断していた。  反論すら許さないほど怒っているらしい。 「くそっ!」  腹立たしさにソファに腰掛け、気を落ち着けようと胸ポケットから取り出した煙草を口に咥える。途端にホストさながら差し出されたライターの火に目を細め、しかし逆らわずに吸い込んだ。  立ち上る紫煙を、吐き出した溜め息で乱す。 「では、お部屋を用意しますのでこちらへどうぞ」  突然待遇の良くなったルーイだが、ホテルの一室に監視付きで閉じ込められたのは言うまでもない当然の成り行きであった。  自分より体格のいい刑事達に両脇を押さえられ、荷物ごと問答無用で部屋に放り込まれる。  帰るのは嫌だ。だが帰らない方が怖いし、後が大変だった。  私設軍隊を持つランクレー家は、特殊な訓練を受けたエージェントの集団を抱えているのだ。  以前に外出禁止を言い渡された際に逃げようとして、彼らと追いかけっこをした過去を思い出す。散々逃げ回った挙句、結局数に物を言わせた部隊に捕まったのはトラウマに近い。  また彼らと追いかけっこをするのを想像しただけで、逃げようという気力は萎えた。呆然と閉じ込められている間に、ルーイ捕獲の包囲網は完全に調えられていく。  僅か半日後、どこのテロリストかと疑うゴツい男達に囲まれての帰還が、強制的に実行された。  どうにも……居心地が悪い。  寒くも暑くもないし、ソファの座り心地も極上だ。なのに、精神的な影響でルーイは氷点下の気分を味わっていた。  部屋は快適の見本で文句のつけようがないのに、ローテーブルを挟んだ向かいのソファに座ったリューアが、機嫌の悪さを全面に出して責めてくる。  沈黙はすでに限界に来ていた。  ぐさぐさ突き刺さる視線に、ルーイはパニック状態だ。言葉を探せば探すほど混乱してしまう。緊張に乾いた唇を濡らし、恐る恐る選んだ言葉を口にした。 「あの、さ――オレも、すぐに帰るつもりだったんだけど……」 「そうだろうな」  素っ気無くも冷たい応対に、ルーイは肩を落とした。  何を言っても無駄な気がしていたが、言い訳のひとつもしなければ沈黙に潰される。それよりはマシかと口を開けば、それはそれで冷たい刃と化した視線と言葉が飛んできた。  リューアは怒っているから、沈黙など痛くも痒くもないのだろう。  ちきしょう、どうしたらいいんだよ……。  心の中で吐き捨てたルーイは、形の良い唇に歯を立てる。  警察から引き渡された後、厳重に『逃げ出さないよう連行』されたルーイは、2人きりの現状に困りきっていた。もう言い訳も思いつかない。  俯いたルーイを見ていたリューアが、ついに自ら口を開いた。 「――お前はいつもそうだ。勝手に行動し、後の面倒だけ私に押し付ける」  特大の溜め息交じりのセリフに何も言い返せないのは悔しいが、反論する材料がないのも事実だ。面倒を掛けている自覚はあった。  3年前にランクレー所有の衛星が落下する事故があり、幸い死者は出なかったものの、世間から非難を浴びたことがある。  衛星を切り離すスイッチの故障と言う名目と、被害者への多額の補償金で片付けたリューアだが、その事件を起こしたのも……実はルーイなのだ。  本人曰く「ちょっと手をついた先にスイッチがあって……」、地球へセトの資源衛星を落としてしまった。  悪気はなかったルーイも素直に謝罪したのだが……あの事件以来、リューアはルーイへの異常な執着を隠さなくなった。握った弱みを最大限利用したとも言う。  少し迷って、聞こえなかったフリで視線を逸らしたルーイの態度は、どうやら逆に彼の気に障ったらしい。  リューアの口元に浮かぶ不吉でキレイな笑みに、ルーイはソファを這いずるように逃げ出すが足が動かなかった。蛇に睨まれた蛙……という表現が脳裏を掠める。  墓穴を掘ったと思っても、気づいた時はすでに遅い。リューアの出方を窺いながら、そっと目を逸らしたルーイは俯いて拳を握り締めた。
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