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3.身体検査されたら……マズイ
捜査官の当然の要求に、本名のIDを素直に手渡す。
仕事用の偽装IDも数枚所持しているが、前回の仕事で使用していた。さすがに同じ身分証を出して裏を探られるのも面倒だ。
溜め息を吐いて仰いだ空は、すでに夕闇に染まっていた。少し息が凍るのは、この地区の季節が初冬に差し掛かるからだろう。
今夜は冷えそうだ。
ちらりと視線を戻した先で、男がIDを調べている。
どうにも最近、逃走経路の検討を疎かにしがちな自分に気づいていたオレは、自業自得の状況でも苦笑するしかない。
空港を封鎖されても逃げ切れるだけの実力も自信もあるからこそ、杜撰な計画を立てて決行してしまう。
……アイツの権力に頼ってる部分がないとは言わないが。
件の人物の意地悪そうな笑みを思い出し、八つ当たり混じりでオレはぼやいた。
「迷子になっただけだぜ。アンタが本物の捜査官ってのはわかったから、ホテルに送ってくれよ」
ぶつぶつ文句を並べて、肩を滑り落ちるバッグを再び引き上げる。かなり重いので下ろしたいのだが、さすがにゴミ箱並みの汚い路上を見て諦めた。
オレにとって大事な相棒だ、粗末に扱えない。
「ルーブリンサン・シャルーリー???」
名前を確認する公安の男の疑問が滲む発音に、オレは頭を抱えた。正直な感想は「またか……」なのだが、仕方なく訂正を入れる。
「ルィーヴリンセン・シャルレーリア」
読みも発音も難しい。拾われてから7年間慣れ親しんだ本人でさえ、舌を噛みそうな名前だった。首を傾げる捜査官の表情は、どこかで聞いたような……と物語っている。
「あのさ、『シェーラ』ってブランドは知ってる?」
ヒントを得た男はやっと合点がいった様子で息を呑み、ついで頷いた。
「なるほど、モデルか!」
『シェーラ』―――セトでも地球でも、知らない奴の方が少ない有名ブランドだ。専属にして、唯一のイメージモデルは『ルーイ』と呼ばれている。
服飾カタログはもちろん、週刊誌などでもお馴染みなので、ヒントさえあれば思い出すのは容易かったらしい。
現在はシーズンオフの為、裏の仕事を請けたのだ。
とりあえず、知らないと言われなくて良かった。オレはほっとした顔で『偶然迷い込んだ有名人』のフリに徹する。
「観光してたら、ガイドとはぐれちゃって……困ってたんだ。ホテルまで送ってくれない??」
頷きかけた捜査官の後ろから、別の男が近づいてきた。
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