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5.まだ帰るなんて言ってない!!
「……また誘拐か? それとも事故、か」
仮にも21歳になる男に向けるセリフではない。しかしリューアは至って本気だった。それだけトラブルに巻き込まれるオレに嫌でも慣らされてしまったのだ。
行儀悪く机に肘をついたオレが、久しぶりに見た保護者に極上の笑顔を向けた。所謂、モデルの営業スマイルである。一部の人間を除けば効果的だが、一番機嫌を取っておきたいリューアに通用したことはなかった。
「オレもそう毎日誘拐されたり、事故ってる訳じゃないんだぜ。今回は―――」
暢気さを作ったオレの言葉を、警察署長が遮った。
「ティン・リューシア・S・ランクレー?!」
背後から覗いていた男の叫びに、オレは反射的に耳を手で塞いだ。それだけ大きな声だったが……。
軽く首を振って不快さに睨みつけるオレなど、すでに彼らの目に入っていなかった。
連中の関心は、画面の向こうに居る『お偉いさん』へ一直線だ。「権力への信仰、ご苦労さん」と茶化したオレの声など届かない。
部屋にいた男達にざわめきは伝染し、騒然とした空気が広がった。
かなりの有名人であるリューアはランクレー家の現当主であり、セトと地球を裏から統べる一族の総領だった。荒廃した地球を楽園として甦らせた、人類最高の功労者の一人息子。おまけに独身で、週刊誌やテレビで顔馴染みとくれば騒がれない筈がなかった。
白けた様子で溜め息を吐くオレの周囲は、非常に盛り上がっている。それもその筈……つい数日前の週刊誌でオレとリューアの婚約説が流れたのは、彼らの記憶に新しい。
ちなみに、オレは身に覚えがない噂だった。
ランクレーを継ぐ前は母親の影響でモデルをこなしたリューアは、全世界で一番の有名人といっても過言ではない。そして人類で一番のVIPだった。
こちら側の騒ぎに気づいたらしく、リューアの眼差しが強くなる。不審そうな視線をオレから背後の連中へ移し、彼らの制服を確認して……態度が一変した。
「警察? 何をやらかしたんだ、お前は?!」
びくっと竦んだ。オレは否定するが、リューアに強い口調で叱られるのが怖いのだ。彼の口調に滲んだ怒りに気づいて、ヤバイ……と冷や汗が伝う。
「えっと、何もしてないぞ。歩いてたら警察に捕まっただけで……その、とにかく帰ろうとしたんだけど……あのぉ……ゴメン」
――本気で怒ってる。
つい反射的に謝っていた。冷静に考えれば、そんな言い訳が通じるような相手ではない。オレは何度同じ事を繰り返しても、再びこの状況に追い込まれるのだから、学習能力のなさは折り紙つきだった。
もっとも、それはリューアに関することだけなのだが、本人に自覚はない。
ど……どうしよう。
「なぁ……オレは悪くないって説明してくれよ。連れてきた以上、責任取れ…っ」
「オレ、きちんと説明しろ」
遮ったリューアの眼差しがきつい。ごくりと喉を鳴らし、目を逸らして一歩下がった。
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