ノスタルジックな愛情を

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ノスタルジーとはなんとも忌まわしい言葉である。僕の大部分をいたづらに暴れまわっている若き日の得も言われぬ感情も、この言葉の前ではひっそりとナリをひそめてやり過ごすほかない。それどころか別に思わしい言葉を考える気すら起こさせないほどの化け物なのだ。 これは物書きにとってはこれ以上ない強敵で、もっと正確に表現できる言葉があるのではないかと考えるのだが、いざのすたるじぃという言葉を耳にすると、これぞ私の言いたかったものだという気持ちにされてしまう。ふぅ、とため息をつき、ワード・ソフトを閉じる。 「お詰まりですか、先生」 ふふ、という笑い声と共に手渡されたコーヒーは八月だというのに湯気が立つほど熱い。 「『お詰まり』とは、またあなたらしい陳腐な新語ですね」 「私はいつだってあなたの小説のモデルですから」 「僕の小説が僕らしく陳腐で斬新だとでも?」 「それは少し過大評価しすぎよ」 「はは、確かにそうだ」 僕は彼女の歯に衣着せぬ物言いが好きだ。それはハッキリ言ってほしい、などといったさばさばとした意味ではなく、むしろ真逆でそれが彼女の気遣いによって成立していることを感じられるからだ。 「今日はどこに行ってきたんだい?」 「その辺の散歩。この時期は生き物が焼ける匂いがするから、アスファルトがある場所ならどこでもいいのよ」 「たまにサイコパスなところあるよね」 「あら、美しいものは死に近いって、あなたも言っていたじゃない。」 そう言って彼女はまた、ふふ、と笑った。
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