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ただ、僕に前進するようそっと背中を押して促し続けた。
そのおかげで、僕は居並ぶ屋台の通りを抜け、青い提灯の元まで何事もなく歩いてくることができた。
何だろう、この提灯は。見ていると頭がぽぅっとしてくる。
立ったままなのに意識がとろんとしてくる光を見ていたら、後ろから伸びた誰かの手が、僕の手を提灯にかざした。
「ああ。無事に辿り着けてよかった」
とても安心したような声。それが聞こえた後、どこかで聞いたような鈴の音も一度だけ聞こえた。
その後のことは判らない。僕の意識はそこで絶えてしまったから。
* * *
目が醒めた僕の視界に映ったのは白い部屋だった。
天井も壁も全部白い。
どうしてか体は動かず、目だけをキョロキョロ動かしていたら、部屋の中に女の人が入って来た。僕を見るなり何か声を上げて部屋の外に出て行く。
後になって判ったことだけれど、僕は交通事故で重体になり、何日も意識不明の状態だったらしい。
助からない可能性が高いと言われていたけれど、どうにか意識を取り戻したのがその瞬間だったようだ。
目が醒めてからの回復は順調で、二ヶ月後に僕は退院した。もちろんまだ本調子ではなく、リハビリのための通院が必要だけれど、一応復帰はできたという訳だ。
家族が迎えてくれる家に帰ると、飼い猫が嬉し気に寄ってきた。そいつの首輪の色と、そこについている鈴の音が僕の記憶を呼び覚ます。
あの日見た提灯と同じ青い色の首輪。あの時聞いたのと同じ鈴の音。
あの時の縁日は、いてはいけないあの世の催しだった。そこで何か食べたり遊んだりしたら、きっと僕は、もうこの世に戻ることはできなかっただろう。
お前が僕を助けてくれたんだね。あの世界まで、僕を連れ戻しに来てくれたんだね。
抱え上げた飼い猫の顔に、以前にはなかったうっすらとした傷跡があるのを見つけた。これはあの時、屋台の誰かが僕に寄り添ってくれていた相手に何かを投げつけた時にできた物だろう。
傷になるような真似をされて、痛かっただろう。でも、お前のおかけで今僕はここにいるよ。
甘えてすり寄ってくる飼い猫がごろごろと喉を鳴らす。その愛しい存在に頬をすり寄せ、僕は心底からの言葉を飼い猫に向けた。
「ありがとう。ただいま」
お面の縁日…完
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