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「そう、だったんですか。てっきり親子だと思ってしまいました。あなたはとても落ち着いているし……」
「昔から老け顔だとよく言われます」
「あ、いや、そういうわけでは……」
木ノ下は指先でえりあしに触れながら気まずそうに眉を下げた。浩之は慌てて「冗談です」とぎこちなく笑顔を作る。ほっと息をついた木ノ下の表情に、再び落ち着かない気分になった。
さりげなく犬と無邪気に遊ぶ甥へと視線を逸らす。ベンチの脚にくくりつけられたリードがぴんと伸びた先で、小さな塊が転げ回っている。
「姉夫婦が仕事で家を空けるときには、こうして時々預かっているんです。俺は気楽な独り身なので」
ちらりと木ノ下のほうを横目に窺うと、うなずきながら同じように葵とタロウを眺めていた。口元には優しい笑みが浮かんでいる。
「僕も、今は独りだから楽なものです。ああ、そう言うとタロウに怒られるかな」
そのとき、穏やかなヴァイオリンの音色が公園の上空に響き渡った。時計の針は、ちょうど十七時を指している。母親たちが子どもを呼ぶ声に、遊具が軋む音が重なる。
「蛍の光って、もとはスコットランドの民謡だって知っていました?」
鞄に本をしまいながら、木ノ下は唐突に切り出した。
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