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葬儀屋の背後を覗く猫。雨で流されてほとんど分からないが、殺し屋の感覚は血の跡と臭いを確認した。
「どちらさんだろうねえ……あ。もしかして、うちの相棒にやられたひと?」
思い出したようにぽんと手を打つ。ぺしゃ、とごくごく小さな飛沫が弾けた。葬儀屋はうなずく。
「ええ、犬からの依頼です。最近忙しいらしいですね」
「忙しいってか、迷惑なんだよな。私たちも直接ナイフとか銃とか突きつけられない限り見逃してるんだけど。同族殺しかと思えば相手にその気はないみたいで、返り討ちにしたら信じらんないって顔するんだよ。よく知りもしない相手を殺そうとかこっちが信じらんない」
殺し屋の世界にもルールは存在し、それを守らない者は秩序を乱すとして排斥される。見えない規則に則って、殺し屋は仕事をしているのだ。そしてだからこそ、この職が成り立つ世界が構成されている。
縄張り荒らし、という言い方はともすれば軽い響きだが、犬と猫のように組織に属さずフリーでいる殺し屋にとっては重大なルール違反だ。縄張り内に乗り込んできて攻撃するなど、完全な宣戦布告である。殺されても文句は言えない。
「しかし、続き過ぎていませんか」
相変わらず淡々とした葬儀屋の言葉に、うなずく猫。いつの間にか、瞳に冷えた色を湛えている。
「うん、確かに偶然にしちゃ妙だな、とはね。ま、いいんだけどさ。よっぽどうざったくなれば、どうにでもできるし」
さらりと恐ろしいことを口にして、猫はさっさと話題を終わらせた。
「仕事中ごめんなー。じゃ、またね」
「こちらこそ。風邪にお気をつけて」
子供相手に丁重に頭を下げる葬儀屋に、猫も笑いながら会釈する。葬儀屋に雫を飛ばさないように注意して手を振り、その場を後にした。
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