夕暮れ

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 歯ぎしりしつつ、いった。薄暗いせいか、その顔にいっそう陰惨な色が浮かんで見える。 「例の辻斬りも、まだ下手人が捕まっていないのに」  冒頭に挙げた事件のことである。  詳しくいうと、同じ下手人によるものと見られる複数の辻斬り事件のことで、その数は確認されているだけで一四件に及ぶ。それも、ここ三ヶ月以内に起こったことだ。  当然、今夜にもまた事件が起こる可能性は大いに考えられ、非常時に出動できる人員を確保しておくべきであると、子竜をはじめ、江戸の誰もが考えることである。が、 「仕方のないことだ」  皆川は卑屈に笑う。 「仮に事件が起こったところで、その辻斬りの仕業と分かった途端、死体も資料も全部お偉方が持って行っちまう。俺たち町方には、捜査の権限すら与えられていない。そんな事件に人手を割くなんざ、無駄に思えちまうんだろうよ、お奉行も」 「まず、それからしておかしいですよ」  江戸の町内で起こった事件は、基本的には町奉行所の管轄となる。  しかし、一連の辻斬り事件はかなり早い段階で町方は捜査を禁じられた。その上、子竜たちは捜査の権限がどの機関へ移ったのかを知らされていない。 「下手人も判明していない段階から、町方が捜査から外されるなんて。それも、一向に捜査の進捗も伝わってこない」     
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