シュカと青い鳥

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 彼がシュカの家にやってきたのは昨日、夕刻のことでした。  古びた煉瓦造りのアパートメントは降り続く雨にしっとりと濡れ、雨染みが濃く浮かび上がっています。水が沁み込むと立て付けの悪い木戸は普段よりいっそう固くなるので、シュカは両手でドアノブを掴みました。  ギイっと大きな音は耳を塞ぎたくなるほど。雨が吹き込まないよう、急いで扉を閉め、一息もつかぬ間に戸を叩く音に驚かされました。  こんなにすぐ誰かが訪ねてくるなんて。シュカはまだ濡れた外套も羽織ったままでした。辺りに人気(ひとけ)があったようには思えませんでしたが、職場の誰かが忘れものでも届けに来てくれたのかもしれません。再びドアノブに手をかけました。  シュカの勤め先はアパートメントの三軒隣のパン屋です。近いからと、ついつい気が緩んでしまうのでしょう。度々エプロンを忘れてしまうことがありました。その度に、女将さんや仕事仲間が帰りに寄ってくれることがあるのです。  シュカは急いで戸を開けました。  すると、戸口には世にも美しい人が立っているではありませんか! いいえ、それは人ではありません。姿は人の形をしていても、その背には絵画で見たことのある天使のような大きな翼が付いています。それでも天使ではないとすぐにわかりました。彼の羽は透き通るようなアルカーディアの羽だったのです。 (『幸せの青い鳥』だわ……)  シュカは一目(ひとめ)で彼が何者か分かりました。  彼は、今、(ちまた)を騒がせている『幸せの青い鳥』です。 (……なぜここに……?)  シュカは驚きのあまり、声も出せません。すると『幸せの青い鳥』が自ら話始めました。 「こんばんは、お嬢さん。酷い雨だね。一晩、宿を借りられないかな?」  シュカはハッとしました。一瞬で様々な考えが頭を駆け巡ります。  彼は『幸せの青い鳥』。彼を手に入れれば自分の何かが変わるかもしれない。そう思ったのです。  幼い頃、両親を亡くし、ずっと一人で暗闇を生きて来たシュカにとって『幸せの青い鳥』との出会いは絶好の機会です。売れ残りの固いパンと貰った野菜くずのスープを食べる日々も終わるかもしれない――。  シュカはすぐさま頭を振りました。誰であろうと困っている人は助けます。決して彼が『幸せの青い鳥』だからではありません。そう、心に言い聞かせながらも、シュカの鼓動は高鳴るばかり。  そんな醜い感情を『幸せの青い鳥』に悟られるわけにいきません。シュカは返事の前に一度大きな深呼吸をしました。
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