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新卒まもない頃、職場での時間はただ苦痛だった。何事も報告・連絡・相談を言いながら、多忙な上司や先輩に話しかける勇気も持てずに勝手な判断でトラブルを招いたことは何度もあった。そのたびに叱責され、それでも相談するタイミングを見計らえない自分に嫌気がさした。二年三年経ってもそれは改善されず、優秀な後輩たちが難なくこなしていることをいつまでもできない自分。己を見つめる上司や先輩の目線が冷たいものになっていく様を感じ、完全に心を閉ざした。
その頃、同じ部署にあの人がいた。彼女の当時の年齢は三十歳くらいだったろう。当時の私と同じような、ほとんど職場で私語をかわさないようなタイプだったが、私と彼女の決定的な違いは、彼女は淡々と業務をこなして定時にあがり、私はそうではなかったということだろう。
勤務が嫌で、こんな自分にできる仕事なんてないのではと悩みながら毎日を過ごしていたある日、彼女が私の席の横に立った。
「食べ歩き、しない?」
全くかかわりのない彼女の突然の誘い。ぽかんとして、でも何故だか断れなかった。はいと答えると、上司に今日の午後から有給休暇をとらせてくれと交渉し始めた。
私と、彼女の分の休暇。
普段の仕事ぶりのそつのなさを買われている彼女の、突拍子のない行動に上司も目を丸くした。勢いでそのまま首を縦に振り、彼女は私を連れて会社を出た。
金曜日の午後だった。
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