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「いかにも」
「ならば頼みたい仕事があるんだが…」
「そう聞いて来た」
それから店員は、世間話でもするように、その元イギリスの諜報員とか言う白人男性に依頼した。
昨夜、朝鮮系女工作員に出した指令と、全く同じ内容のことを──。
その後、店を出た元イギリス諜報員を、イワトーノフはすぐには追わなかった。
一瞬、反射的に追おうとはしたが、けれど待ったのだ。──忍び組が現れるのを。
そしてその読み通り、何処からともなく現れたのは地味な青年。いや、少年に近いだろうか、まだ十代に見える若い男だった。
まさかこいつが?と疑いたくなったが、気配を消して元イギリス諜報員のあとを追い始めたところを見ると、この少年が忍び組に間違いないだろう。
イワトーノフは、キラッと眼光を鋭く光らせて、けれど目立たぬように、すぐに凡人の顔を作り直して、二人のあとをつけて静かに歩き出した。
○
──特徴のない若者である。
何処までも普通で、何処にでも居そうな、一度見ただけでは覚えられない顔立ち。
まして平均的な身長に、平均的な体重。おまけに量販店で入手できるようなカジュアルなファッション。
根本幻丸は、そんな青年だ。
とは言え、全く普通でないのは、彼が警視庁忍び組の、その根来組に属する忍びであること。
つまり、イワトーノフの読みは、またも正解だったのだ。
──その根本幻丸が尾行を続ける元イギリス諜報員の男は、とある雑居ビルの、本来ならば関係者以外立入禁止である外階段を、白昼堂々ヅカヅカと上っていき、そして屋上まで出たところでクルリと身を反転させた。
「隠れていないで出てくるがいい」
今、上って来た、誰もいない階段の方に向かって無表情に言ったところを見ると、どうやら尾行に気付いていたか、だとしたら、幻丸をここまでおびき寄せたことになる。
すると、なんと階段の鉄板の裏側にへばり着いて身を隠していた幻丸が、パッと跳ね飛ぶように出現して、しかも音もなく屋上のコンクリートの上、元イギリス諜報員の目の前に着地して見せた。
ところが、現れた幻丸を見て、元諜報員は驚いた表情になったではないか。
これには、幻丸の方が『しまった!』と言う顔になった。
どうやら元諜報員は、幻丸の尾行を察知していたわけではないらしい。つまり、カマをかけたのだ。
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