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「了解──」
仕事の重要さと比べたら、あまりに手短なやり取りであったが、朝鮮系工作員たちはその後、赤の他人のように別々に、新宿の街の雑踏に解けて行った。
「さて。──この場合、やはり追うのは女の方だろうな」
下心ではなく、ちゃんとした業務上の責任感から、イワトーノフはアジアンビューティーの後を追った。
いや、厳密に言うと、尾行するのに適正な距離が確保できた時点で、一度追い始めようとしたのだが、その前にもう一人、別の女の影が動き出したのを見て取って、慌ててもう一度身を隠した。
これはどうやら日本女性。彼女もまた、朝鮮系女工作員に気付かれないように、その後を尾行し始めたところを見ると、ただ者ではないのは明らかだ。
よってイワトーノフは、この日本女性を間に挟んだ形で、朝鮮系女工作員の後を追った。
もっと正確に言えば、朝鮮系女工作員と、ひょっとしたら忍び組と思われる日本女性、その両者を追跡することにしたのだ。
『日本女性は魅力的だぞ──』
尾行しながらイワトーノフは、自分と入れ替わりにロシアに帰国した同僚、マリチョフの言葉を思い出した。「確かにいい女だな…」
少々不謹慎かと思ったが、自分にとっては尾行など朝飯前。いや、この場合は晩飯後だったが、日頃から目に映る、何処か東洋の神秘を感じさせる日本の女性たちを、マリチョフ同様にイワトーノフも、男のイヤらしい目で見ずにはいられなかった。
この忍び組と思われる女性もまた、母国のロシア女性に比べれば地味な顔立ちだし、特に美しいと感心するほどではないのだが、何故か気を引きつけられるから不思議だ。
「なかなか美味そうだ」
もう一度口の中で呟やきつつも、イワトーノフは大きな身体で見事に気配を消しながら、夜の街で尾行を続けた。
○
──顔のみならず、手足の先の先まで、その全身の肌という肌が清らかな色白で、いわゆるそれは、七難を隠すくらいの彼女の長所であった。
つまり、それ以外は目立って誉める所のない並の少女なのだが…、それが甲下汐理だ。
と言って彼女は、特別に醜い容姿をしているわけではない。
特に大きな目をしているとか、ぷっくりアヒル口であるとか、チャームポイントになる部分がないだけで…、とにかく、その目鼻立ちが、あくまでも人並みなのだ。
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