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いや、先に述べたように、誰よりも白い肌こそが彼女の唯一のチャームポイント。
七つも難を隠す白い肌を持ちながら、しかし特に難があるわけではない並の顔立ちならば、この場合、色白が彼女を相当に美少女に見せている。
そしてイワトーノフの読み通り、今、朝鮮系女工作員の後をつけている甲下汐理は、警視庁忍び組の一員、その甲賀組に属するくノ一であった。
──先に仕掛けたのは、汐理の方だった。
人気のない線路下のトンネル。
その中へと女工作員が入って行くと、汐理は突然、イワトーノフの視界から姿を消し、次に現れたのはトンネルの出口であった。
驚いたのはその素早さ。
「百メートルはあるトンネルの先まで、わずか十秒足らずで移動するとは…」
──思わず、イワトーノフが、ぼそりと声に出したほどだったが、彼は日頃から秒単位で時間の感覚を磨く訓練を受けているロシアの一流スパイ。この目測は当てにしてよい。
それにしても、これが公式な大会ならば、勿論、世界記録となろう。
だが残念ながら、忍び組の忍者たちが公の場に姿を晒すことはない。よってこれは、イワトーノフのみが知る、幻の記録となろう。
オリンピックや世界陸上に於いて、大衆を驚愕させる超人アスリートは数居れど、真の世界最高を世間が知るチャンスはないのだ。
さて、トンネルの出口で女工作員の行く手を塞いだ汐理は、静かな声で言った。
「お前、良からぬ事を考えているようだな」
「何の話だ?」
突然のことに戸惑い、女工作員はそう返すのがやっとだった。
「とぼけても無駄だ。全て承知している」
「ほう、貴様が噂に聞いた警視庁の忍びとやらか?」
それには答えず、汐理は淡々とした口調で続けた。
「悪さを諦めて、大人しく国へ帰ると言うならば、命だけは見逃してやらないこともないが──」
これはごまかし切れる相手ではないと悟ったか、さすがに観念し、と同時に開き直った女工作員は、強い口調になって汐理を睨む。
「たわけ!こっちは命懸けで来てるんだ」
「だろうな。ならばこちらも命懸けで勝負してやろう」
怪しく笑った汐理に、こうなれば女工作員も受けて立つしかない。
「おもしろい。日本の忍者のお手並み拝見といこう」
言いながら、女工作員は胸元からサッと銃を抜き、躊躇うことなく、その銃口を汐理に向けた。
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