一 『甲賀忍法干皮』

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 これに対し、いつの間に出したか、汐理は火の着いた大きなロウソクを三本ほど地に投げた。  投げられた三本のロウソクは、汐理の足元にトンと立ち、ゆらゆらと辺りの空気を熱し始める。  その、熱せられて上昇して来る空気に炙られながら、汐理は神経を集中するように言った。 「甲賀忍法 干皮(かんぴ)」  すると、その現象はすぐに現れた。  どうやらこれは、普通のロウソクとは比にならない勢いで高温の熱を発するロウソクらしい。 その炎に炙られた汐理の肌が、いや肉体そのものが、目に見えて潤いを失い、あっという間に乾燥していったのである。  つまり、白くて清らかで、そして若々しい肌艶をしていた汐理が、見る見る干からびていき、まるで干物みたいに身体から水分が抜けてしまったのだ。 挙句の果てには、硬く、しわしわな老婆のように変身してしまったではないか。  この変身ぶりに、大いに慌てたのは女工作員である。彼女は化け物でも見るような目でわななき、構えた銃をただぶるぶると震わせている。 「どうした、撃たないのか?」  もはやその見た目は、完全にミイラと化している汐理は、なのに確か生きている。のみならず、動いている。  ──撃ってみろと手招きする汐理の挑発に、女工作員は背筋に悪寒を走らせながら、だから無我夢中で銃の引き金を引いた。一発だけではなく、取り乱したように四発五発と乱射したのである。  だが、汐理はこれを、ひらりひらりと凧のように身を翻しながら、全て避けて見せた。  凧のようなのは、身の返し方だけではない。 何とも信じられない光景だが、その萎びた両足が、確かに宙に浮いたままなのだから、見た目も薄っぺらな彼女は今、凧そのもの。  この場合、さっきまで肉体を乾燥させる為に使っていたロウソクの熱気が、今はその上昇気流によって汐理の身体を浮かせているものと思われる。 だがしかし、そのカラクリを目の当たりにしながらも、これは到底信じられる話ではない。  しかし、確かに汐理は宙に浮いている。 そして、薄く軽くなった肉体は、押し寄せる弾丸の風圧を受けて右へ左へと翻った。──その結果、弾は一発も命中せず、汐理は無傷の反撃に出られたのだ。  骨と皮しかなくなった細い腕を、鞭のようにビュッと音を立てて振るった汐理は、同時に手裏剣を放っている。無論、この動作も宙に浮いたままである。
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