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放たれた手裏剣の速さたるや、凡人の眼には追えないもの。たとえ避けようとしても叶わなかったと思われるが、そもそも汐理の怪物ぶりに茫然自失の女工作員は、その場に立ちすくんだまま何も出来なかった。
よって、額の真ん中当たりに、音も鳴らぬほどに鋭く刺さって止まった手裏剣は、微塵の情けもなく女工作員の命を奪った。
それを見届けた汐理の手には、一本の竹筒が持たれている。中には水が入っているらしく、彼女はその水をコクコクと勢い良く飲み干した。
すると汐理は、またしても変身を始めた。
乾き切ってミイラのようだった肉体が、再び水分を吸収して甦り、空気を注入されたビニール人形のように、元の若くて艶やかな肌に戻ってしまったのだ。
と同時に、フッと息を吹き掛けてロウソクの火を消した汐理は、宙に浮いていたその足を静かに地に戻した。
──イワトーノフは、その一部始終を目撃した。
よって、あんぐりと口を開けたまま、放心状態に陥っていた。
そんなイワトーノフは、無論、知らない。
ふたりの女を尾行して来た自分の背中を、更に尾行して来た黒い影があったことを──。
物見する自分の背中を、更に物見する女鴉天狗が闇の中に居たことを──。
無理もない。
夜にまみれ、ビルの屋上から屋上をバッタみたいに飛び渡る尾行。
その屋上からの、無音、及び微塵の気配も放たぬ物見では、路上のイワトーノフには気付きようがない。
「恐るべし、忍び組…」
やっと正気に戻ったイワトーノフは、その瞼の裏にくっきりと残る、汐理の忍法干皮の凄まじさに、ただただ感心するだけだった。
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