伊賀忍者 服部半蔵

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伊賀忍者 服部半蔵

○○○  闇夜の空から音もなく舞って来た一羽の(ふくろう)が、徳川家康の元に降り立った。  梟は女の首を鷲掴みにしていた。 まだ生きているのではないかと見えるほどに、死んでから間もない、温かみのある生首だ。  家康の傍らに居た服部半蔵が、静かに説明をする。 「__これは信長殿の動向を見張らせておいた、  潮という、くノ一にござります」  家康は、落ち着き払っていた。 まるで、以前にも同じことを一度経験済みであるかのように、冷静に伊賀のくノ一の生首を見ている。 「話せ、潮」 半蔵は潮の首に命じた。 「伊賀忍法 死人(しびと)(くち)で、おまえが見て聞いた事を話すのだ」  潮は口を開いた。 のみならず、自身が死の直前に見て聞いたことを、簡潔に報告した。 __生首のみとなって尚、どうしたらこのような芸当が可能となるのかは科学では説明しようがないが、とにかく、厳しい修行の末に体得した伊賀忍法 死人の口ならば、それが可能なのだ。  無論、潮は死んでいる。 死にながら報告をし、報告を終えると、もう一度死んだ。 __潮の報告を聞いた家康は、血相を変えた。 「またか…」 狼狽しながら家康は声を漏らす。 「まして今度の猿芝居は、信長殿が光秀殿に…」 先の展開を読みながら、家康は額に滲んだ脂汗を拭った。 場合によっては自分に火の粉が降りかかってくるかも知れない…。  ちなみにこの時、家康は満で三十八、数えで三十九になる年である。  ついでに言えば、信長は四十八が目前に迫った四十七歳。 五十一で死んだことになっている信玄は、今や六十歳の還暦を超えている計算になる__。  やがて、ゆらゆらと揺れていた瞳が定まり、唇の震えを意識的に抑えた家康は、腹に力を込めて声を張り上げた。 「こうしてはおれん。急ぎ城へ戻るぞ!  半蔵、伊賀を越せるか!  いや、越さねばならぬ!  難儀であっても、なんとかせい!!」                                        完
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