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「秀、もう行くの?」
母がおおかた想定通りのことを聞いてきた。だから僕はあらかじめ用意しておいた答えをそのまま返した。
振り返って、笑顔で。
「気合が入っちやって」
完璧だ。
黒い運動靴を履き、深呼吸を数回したあと、僕はドアノブを強く握り、回し、奥へ押した。
見渡す限りの空に薄暗い雲がかかっていたが、ところどころ雲の隙間から極少量の日が射していた。
たぶん今は雨が降るだろうな。
右足を前に出す。不安、増大。左足を前に出す。嫌気、差す。右足を前に出す。行く気、減少。暫し、微笑。
負の語のサイクルだよ、これは。行く気が0にならないうちにつかなければ──早く着く方法は……仕方ない、走るか。
どれだけ走るのが嫌なのだろうと自分でも思った。全く、『走る』のコマンドを最終手段にするなんて。
だって疲れるから。なんて言うのは子どもじみた答案だな。
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