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前編(竜は井戸に潜む)
その子の顔を初めて見たのはいつだったろう。僕の少年時代の重要な部分を占めている夏休みの思い出の中に、不穏な影を落とすあの子。それは、いつまでも輪郭のあやふやな染みのように消えずに記憶の奥に残っている。
最初は小学校二年生の夏だったと思う。初めて田舎の祖父の家を訪れて見慣れぬ緑と自然に囲まれ過ごした一週間。その間に、家族で川で遊んでいた時のことだった。
はじめは自分の顔が水面に映っているのだと思った。河岸の岩に腰掛けて色鉛筆で絵を描いていたら、いつのまにかその顔が水面から僕を見ていたのだ。ゆらゆらと水面が動くと、その顔も波打って歪む。笑っているようにも泣いているようにも見える。僕の顔ではない。僕の髪は、こんなに女の子みたいに長くはないし、かといって父と母は少し離れたところで釣りをしていて誰かの顔が映っているわけでもない。僕は手を伸ばして水面の顔に触れてみた。いや、触れてみようとしたが、水の流れと冷たさを感じるだけで、水面に浮かぶ顔に触ることはできない。川の水に溶けるようにその子は消えてしまった。
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