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次にその子を見たのは、五年生の夏だった。僕の少年時代の一つの区切りでもあり、この記憶こそが僕の心にずっと引っかかっている重しだ。小学五年生の夏休みは初めて一人で祖父の家に遊びに来ていた。三日後に遅れて親が来ることになっていたのだが、親からすると息子に冒険させてみようという意図と、祖父に預けている間は子育てから暫し解放されようという意図があったのだろう。僕としては、その三日間が楽しみでしょうがなかったのを覚えている。
夏休みに父の実家に遊びに来るのは毎年の家族の行事で、夏の最大の楽しみになっていた。山と川と田んぼしかない田舎だったが、楽しいことはたくさんあった。カブトムシもクワガタムシもたくさん捕まえた。父と一緒に川で魚を捕まえるのが好きだった。夏祭りにも参加して夜は花火。それから地元の子供達が連れていってくれた川遊びがいつも楽しみだった。
父の実家は集落でも一番奥の広い古民家で、祖父が一人で暮らしていた。ここに来ると、必ず初めに祖父から二つだけ約束させられた。一つは、庭の端にある井戸に近づかないこと。もう一つは、川遊び中に、見知らぬ子供がいても話しかけないこと。ともに水に関わることだ。
井戸に近づいていけない理由は、落ちたら危ないからだろうと漠然と思っていた。石積みの円筒形の井戸は、裏庭と裏山との境で日当たりの悪いじめじめした場所にあり、石の表面は暗い緑色に苔むしている。井戸は四方を注連縄で囲われていて、言われなくても近づきたくはない不気味さがあった。
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