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大きい。最初は何匹もの獣が群がっているかのように見えたが、手足の一本づつが熊ほどもある巨体だと知れた。蟇蛙めいた姿のそれは、半開きの大きな口と、眠たげに半ば閉じた目という、弛緩し切った表情を晒しているが、雛神様が委縮するほどの神気をその身に帯びている。
『まどろむ怠惰なるもの……』
「ここに来た鋼殻の騎士は、お前で二人目だ」
二人目? まさか――
玉座の下に転がる、ねじ折れた二本の剣。クラムの物だ。
「足を失い逃げ切れぬと悟った奴は、けなげにも腹を裂いて雛神を逃がそうとしていたな。残念ながら、吾が主は死に損ないの従者より先に、雛神をご所望されたがな!」
何がおかしいのか。アラバードは笑いながら続ける。
「卑小とはいえ、神気持つものは美味に感じられるらしい。吾が主にとって騎士がパンなら、雛神は一粒の砂糖菓子といったところか!!」
剣を握る右腕が熱い。
俺の怒りなのか雛神様の怒りなのか。どちらでも構わない。
お互い、いつ命を落とすのかも分からぬ身であった。いずれ必ず剣を交えることになる間柄だった。
それでも。それだからこそ。
『分かってるわねアイン……他のはどうでもいい。あの男だけは、二度と薄汚い笑い声を上げらられないよう、首を落として舌を刻んでやりなさい!!』
「できるものかよ! 地蟲の分際で!!」
嘲笑うアラバードは法衣を脱ぎ捨てた。
骨を組み上げた白い鎧に、骨から削り出した骨剣。どちらも神気を帯びている。
「雛神は脆過ぎて骨も残らぬが、お前の物は使えそうだな」
形を変えながら飛び掛かる、無形の落とし仔を斬り捨てては、アラバードに迫る。数合斬り結んでも、すぐに横合いから邪魔が入る。
「お前も雛神を抉り出すなら、吾が主に捧げるのは後回しにしてやるぞ?」
嘲るアラバードに気を取られた隙に、落とし仔の一匹が足に取り付いた。肉を溶かされる痛みと共に、動きを封じられる。
「吾が主ツァトゥグァよ! 供物を捧げます!」
司祭の声にツァトゥグァが身じろぎした。骨が入っていないかのような異常な動きで、無造作に俺に手を伸ばしてくる。母神様に謁見した際にも勝る神威に圧倒され、身体の自由が利かない。
『惚けてんじゃないわよ!!!』
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