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ピクリと動いた右腕で剣を振るい、辛うじて巨腕を受け止める。さほど力が入っているようにも見えないのに、打ち倒され身体が壊れるほどの衝撃を受けた。ツァトゥグァに握られた剣は、ぶすぶすと白煙を上げている。酸か!?
返す刀はツァトゥグァの毛の一本も損ねることなく、根元から圧し折れた。
「さあ、これで終わりだ」
下卑た笑みを浮かべ俺を見下ろすアラバード。油断し切ったその顔に、俺は手元に残った柄を投げ付けた。
かわし損ねたアラバードの鼻は折れ曲がり、一筋の血が流れ落ちた。
『少しは見れる顔になったじゃない!』
「この……地蟲がッ! 地蟲風情がッ!!」
激昂したアラバードは俺の頭を蹴り上げ踏みつける。
だが、目を見開いた俺の視線の先にある物に気付き、表情を凍らせて振り向いた。
ゆっくりと伸ばされていたツァトゥグァの腕は、驚愕の表情を浮かべる、自らの司祭を捕まえ引き寄せた。
「な、何故です!?」
『あんたの方が手近にいたからでしょ? 仕えるものの気性ぐらい、弁えておきなさいよ』
「違います吾が主!! 捧げものは私ではありません!! あッ、あーッッ?!」
もがくアラバードが取り落とした骨剣が手元に転がる。
『偶然じゃないわ。気まぐれな神の賜りもの。失くした剣の代わりに貰っておきなさい』
誤解を解こうと命乞いを続けるアラバードが貪り食われるまで、そう時間は掛からなかった。手にした骨剣は神気を帯びている。これなら奴相手でも通るかも――
俺の意思を読んだのか。腹を満たし、満足したツァトゥグァは刹那俺に視線を落としたが、すぐに興味を失い玉座に身を沈めた。その重たげな瞼が閉ざされた瞬間、俺は元の洞窟に戻されていた。
痛む身体で洞窟を出ると、主の最期を悟ったのかすでに従者の姿はなく、代わりにローブをまとう老人が立っていた。
「役に立ったか、あの護符は」
この男から受け取った、黒い石のことだと思い当たる。
『恩着せがましいわね。たいした力は感じなかったけど?』
「司祭様も持っておったが、しおり程度のものじゃ。本をどこから読むかは、読み手である神が気まぐれで決めること」
アラバードの護符と打ち消し合い、まどろむ怠惰なるものにとっては、眼前に並ぶ俺と奴とが同程度の価値になったということらしい。
ウヴァルは俺の傍らをすり抜け、洞窟へと足を踏み入れる。
いまさら何の用だ?
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