雛神殺し

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 俺は割り込ませた左腕を犠牲に、ナイフを受け止めた。  執拗なうえ正確すぎた。騎士達の剣筋と違っていても、狙いが分かっていれば対処の仕方は幾らでもある。 「くッ!」 『余裕ぶっこいて明後日の話してんじゃないわよ!!』 『ま、待ちなさ――』  俺の腕に刺さったナイフを残し、身を引こうと試みるシーリィ。その胸元に、回避を許さぬ速さと強さで長剣を突き入れる。  俺の身体の負担を考えない動きに、肩の筋肉が裂け骨が外れるが、長剣はシーリィの身体を彼女の雛神様ごと岩壁に縫い付けた。 「……騎士団を抜けられるよう、僕が彼女にお願いしたんです」  迷宮を去る日、立ち会った俺にバドはぽつりと漏らした。  シーリィとは幼なじみだったという。戦で村を焼け出され、流れ歩いた末、この迷宮に辿り着いたのだと。  騎士団に入れば衣食を保障され、いずれは傭兵として仕事を持つこともできる。 「僕はシーリィほど強くないし、本当は雛神様のこともずっと怖くて……」 『迷宮は、覚悟を持たない者が足を踏み入れていい場所じゃないってのよ、まったく』  厳格な騎士が耳にしていたなら、この場で切り捨てられていたであろう台詞だ。  雛神様の思考もささくれ立っている。それでも、一度は騎士だった者を憐れみ、俺に処罰を命じることはされない。 『ば……馬鹿ッ! そんなんじゃないわよ!! 呆れてそんな気にもならないだけよ!』  餞別に、俺はシーリィの形見の短剣を差し出した。  バドはしばらく無言のままそれを見詰めていたが、弱々しく首を振り受け取ろうとはしなかった。  人としてはやり直せるのかもしれない。それでも、胸に穴を開けたまま生き続けるのは辛いだろう。  迷宮から遠ざかる小さな背中を見送る者は、俺と雛神様の他にはなかった。
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