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ユザノフの問いに、エゼリカは否やを返しほほ笑んで見せた。
「戦うのはあくまでわたし。戦巫女の役目だよ」
俺達の接近を悟ったのか、湖から次々と屍人が這い上がってくる。
剣を振るって初めて、エゼリカが鋼殻の騎士を雇った理由が理解できた。何度切り伏せても立ち向かってくる。頭を割り手足を飛ばし、解体しない限り動きを止めない。弓と短剣を得意とするイホウンデーの徒には、相性の悪い相手だ。
戦斧を振るう剛力のユザノフがいて助かった。エゼリカは弓は使わず、短剣を手にしている。素早さが持ち味のクラムは、ぼやきながらも一瞬たりと足を止めず、双剣を振るい続ける。
何人切り伏せただろう。一段落したかと思われた頃、湖から新たな屍人の群れが這い上がってきた。半月の光に照らされるその姿を目にし、仲間に緊張が走る。
『農夫や旅人だけじゃなく、こんなにたくさんの戦士を従者にしていたの?』
鎧をまとう屍兵の群れ。水に浸かっていたというのに、剣も鎧も錆びることなく月光に輝いている。
おかしい。何か嫌な予感がする。
「エゼリカ様! 村に屍人の兵が!」
村から駆け通しで来たらしい少年が、戦巫女に呼び掛ける。
エゼリカはほんの刹那躊躇し、俺と視線を絡めると、村へ向かって駆け出した。
『こっちの考えが読まれてる。屍人だけでなく、頭を使う人間の信者もいたのね』
「アイン! ここは任せてお前も行け!」
戦斧を振るいつつ叫ぶユザノフ。だがすでに屍兵は俺達を取り囲んでいる。
動きこそ緩慢だが、鎧に護られた屍兵の群れを切り抜けるのは、容易ではない。
不意に、先ほど森で覚えた強い神気を感じたかと思うと、目の前の屍兵の頭が兜ごと吹き飛んだ。
射撃……なのか?
茂みの暗がりから放たれる神速の矢は、鎧を易々と貫き、その衝撃で屍兵の手足を引き千切る。
刺さった矢自体は木製で、エゼリカの使うものと変わりはないのに、破城槌の強さで屍兵を吹き飛ばしてゆく。
『ようやく見張りの目に触れたってわけね。勿体付けずに、最初から手を貸せばいいものを』
崩れた囲いを抜け、エゼリカの後を追う。
だが俺が村に着いたのは、全てが終わった後だった。
引き千切られた屍兵の手や足。
矢衾にされた鎧。
撒き散らかされた屍兵の残骸の中、戦巫女だったものは月の光を浴び、一人佇んでいた。
茂みの中の存在と、同じ強い神気を放っている。
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