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 老婆と別れ、バスから降りた猫は目的のホームセンターに足を向けた。お使いに不満を見せてはいたものの、適当にするつもりはない。犬のように頭脳派でないが手伝いくらいはできればという、猫なりの真摯な気持ちである。平日の午前中ということもあり、そう混んではいない道を歩いていた猫が、ふと表情を動かした。 「ん?」  視界の隅にちらついた何かが、猫の意識に引っ掛かる。ついとそちらに視線を流した彼女は、思わず歩みを止めた。 「あれ……」  目に入ったのは長く黒い三つ編み。  道路を挟んだ向かい側、バス停の屋根の下で、少女がひとり本を読んでいた。フレームのない眼鏡をかけ、ページに落とした視線は淡々と文字を追っている。彼女の性格を如実に示しているように、きっちりと丁寧に編み込まれた三つ編みは、今は肩に垂らされていた。 「あれあれあれ……こんなとこで」  ひゅう、と口で言って、猫が薄く浅く笑む。  依頼人である警察の資料に留められた写真の少女、蜻蛉がそこにいた。  だが猫はそのまま視線を外し、止めていた歩みを再開する。ほんの数秒の一方的な対峙で生まれた奇妙な空気は、化かされたように消えた。 「いやいや、なんだ、面白いね」  目を細めたままで呟く。各地を転々としているとの話だったが、犬が何も言わなかったところからすると、調査の段階では蜻蛉はこの近辺にいなかったはずだ。それがどうして今日、犬と猫の縄張りで姿を見せたのか。理由は分からないが、標的をみつけたからといってわざわざ白昼の市街地で騒動を起こす意味はない。殺人をビジネスとする者と、そうでない者の違いがこれだ。  また、思わぬ遭遇に足取りを軽くしながらも、猫は当初の目的を忘れてはいなかった。 「まあとりあえず、インクだな」  機嫌よさげに、猫は童謡を口ずさむ。 「蜻蛉の眼鏡は縁なし眼鏡~……」  変えられた歌詞を聞く限り、思考が切り替え切れていないようだったが。 【3】了
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