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「……例の縄張り荒らしが始まって、そろそろひと月になります。ひと月で僕と猫を襲ってきたのは八人。怪しいひとは他にもいましたが、手を出さない相手は僕も猫も放っていましたから、殺したのも八人です。多い、と思いませんか? だいたい四日にひとり死んでいる計算です」 『多いですね』  葬儀屋の相槌に小さくうなずき、犬が椅子の背にもたれる。椅子は軋む音さえたてず、当然のように犬の背に沿う。 「単純に世間知らずのならずものが迷い込んだと考えるには、あまりに頻繁で不自然です。このところずっと気になっていたんですが、ようやく何かの尻尾が掴めてきました。昨日の野良さんがおしゃべりな方で、こんなことを言ってたんですよ。『自分は殺し屋で、仕事としてお前を殺しにきた』と。どうやら僕らは、どこかの誰か、もしくは組織かに、狙われているらしいです」  ただ、と犬は続ける。 「僕らが返り討ちにしたのは八人。繰り返しますが、多過ぎです。これだと、相手はまるで彼らを死なせるために、僕らのもとに寄越してきてるようにしか見えない」 『なるほど』  葬儀屋の無感情な声と犬の静かな声が、しばらく止んだ。電話を挟んだ沈黙は、両者がそれぞれの思考を組み立てていることを語っている。 「……相棒にお使いを頼んでるんです」  黙考からふいに口を開き、犬が椅子の背から身を起こした。 「申し訳ありませんが、そちらにもお使いを頼んで構いませんか?」 『本業は葬儀屋ですが』  犬はそれを了承と取った。 「ありがとうございます。葬儀屋さんにしかお願いできないことなので」 『本業は葬儀屋ですが』  葬儀屋はあくまで慇懃に繰り返す。普段通りのやわらかな笑みを浮かべ、犬はこう言い添えた。 「この件が片づいたら、今回の料金を五割増しにさせていただきますね」 『何をすればよろしいのですか』  交渉は成立した。
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