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一方、プリンターのインクを買いに行くお使いを言い渡された猫は、バスを使ってホームセンターに向かっていた。
ふたりが縄張りとするこの街は、犬猫の馴染みの葬儀屋と、葬儀屋が火葬を委託する火葬組織が存在するため、決して明るいところばかりではない。とはいえ、裏稼業が浸透した世の中、空気の悪い部分を抱えていない街はほとんどない。その点この街は、火葬組織は表向きは一般のもので、葬儀屋も客を選んだ商売を行っている。表裏のバランスがとれた、あるいは表の方に傾いている街といって構わない。犬と猫がこよなく愛する、彼らの縄張り。
「あら、お出かけかい」
乗り込んだバスは空いていた。猫をみつけた乗客の老婆がくしゃっと破顔し、愛嬌のある皺が生まれる。犬と猫は表にも裏にも知り合いが多い。猫も笑顔で老婆に挨拶を送った。
「相方にパシリを頼まれたよ~。あいつは断らせない頼み方を心得てるよねえ」
「あらあら。仲良しだねえ」
なんともほのぼのとした会話が交わされる。平和だなあ、と猫が和んでいると、老婆がわずかに声の調子を抑えた。
「……そういえば。最近、この辺りをなんだか怪しいひとらがうろうろしてるんだよ。夜とか、日が暮れてからもし出歩くことがあるなら、気をつけなさいね。出歩かないのが一番だけどね」
くいと猫の双眸が細まる。例の縄張り荒らしは、民間人が気づくレベルでうろついているらしい。
「犬も気にしてたけどそろそろ本格的に脅した方がいいかな」などという物騒な考えはおくびにも出さず、猫は人懐っこい笑みを見せた。
「りょーかいりょーかい。おばあちゃんも気をつけてね」
猫の労りに、しかし老婆は剛毅に笑った。
「こんな年寄りは狙われないよ」
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