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家の前を通りかかったらおばさんが慌てて玄関先を見回していて、その瞬間「またか」と内心呟いたのは言うまでもない。
だから俺が防寒具一式預かってここまで追いかけてきたという訳である。
どうにもこいつは昔から思い立ったら体が先に動くタイプのようで、こうやって突然一人であらぬ場所まで足を延ばす癖があるのだ。
それを探せるのはガキの頃から一緒にいる俺しかいない、と言うかこいつの行動パターンを予測出来るのが俺しかいないと言った方が良いだろう。
A「あはは……ごめんごめん。でも今日こそはちゃんとここから写しておこうって思ったの。ほら、私忘れっぽいからちゃんと覚えてたくて」
そう恥ずかしそうに笑うと再びカメラを下ろし、その瞳で直に景色を見つめる。
手袋をしろと言ってもピントがブレるから嫌だと全く聞く耳を持ちやしない。
田畑の隅を流れる小さな水路、学校へ続く分かれ道に佇む地蔵尊、そしてこの小さな山の上から望む自然の中に生きている小さな村。
俺たちが生まれ育ったこの村は来年の今頃にはダムの下に沈む。
既に他所への移住を始めている村民もいて始業式の日にはクラスからも少し同級生が減った。俺たちも時期に別々の場所に引っ越す事になるだろう。
二度と訪れることのないこの村で過ごす最後の春をこいつは記録しているのだ。
B「なら俺も手伝ってやるよ」
A「へ……? な、何でカメラ持ってるの?」
B「お前が半ベソかきながら写真撮ってたって事、忘れねーように記録しといてやるよ」
A「ひどーい泣いてなんかないよー」
俺は覚えてるよ。
何年、何十年経っても
もしお前が先にいなくなってしまっても
お前と笑っていたこの時間を俺はいつまでも忘れない。
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