Ⅰ ~美帆子side~

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例の約束の前に もともと今日は行きたい場所があった。 「フローリスト・(みやび)までお願いします」 家を出てタクシーを拾い 運転手に花屋の名前を言った。 何度も行ったことのある店で 花はそこでしか買わない。 プレゼント用の花を買うのではなく ただ部屋に飾る花を新しいものに替えたいだけで 帰りでもいいのだが午前中のうちに 取り置きをしておきたかったのだ。 道中、 色の変わった葉が風で揺られているのを見て思わず 「少し窓を開けてもいいですか」 と私は運転手へ訊ねた。 「えぇ構いませんよ。お気になさらず」 運転手から快く了承を得、 車の窓を半分ほど開けた。 ゆるくウェーブのかかったセミロングの髪が 風に揺れ 同時に背もたれに体を預ける。 秋の匂いがする、と目を瞑り思う。 正成の前でそう言うと そうか? といつも首を傾げられてしまう。 美帆子は秋に限らず、匂いで季節を感じる質だが 出会った当初から正成には分からないようだった。 そんな時はいつも そうよ とだけ返し小さく微笑んでいるが 正直、それが寂しく感じる時があった。
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