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「あなたが誰を好きになろうが
仮にお客と付き合おうが構わない。
私、雇った男の子に干渉は一切しないの。
仕事に支障が出ない限りね」
それまでじっと見つめられていたが
ふいと逸らされる。
そして杏香さんは組んだ足を解いて立ち
今度はテーブルに小さめな尻を付けた。
再び目が合う。
さっきの面白がっていた瞳とは少し違い
真面目な瞳を向けられた。
「でもお客なんて止めておきなさい。
本気になって辛いのはあなたの方よ」
落ち着きのある声に鋭さを感じる。
「本気...」
そう呟く僕を杏香さんは無視するように
ピンヒールをコツリと鳴らしてテーブルから離れる。
そして去り際に2万円を僕の手へ握らせた。
レース越しでも感じる手の冷たさが
杏香さんをより謎めいた存在にさせる。
「予約が入り次第 また連絡するわ」
それだけを言い残し
杏香さんはこちらを見ようともせずに
暗幕の奥へと姿を消していった。
再びしんと静まり返った店内は
このビル内で誰もいなくなったのではないかと
疑いたくなるほど人の気配がなくなっていた。
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