ジーンは息ができない

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渋谷道玄坂を上がった先にあるホテル街、その間に点々とある小さなライブハウスのひとつに足を向けた。扉を開けてすぐの受付でチケットを出すとドリンク代5百円の支払い願いと「お目当ては?」と聞かれて一瞬戸惑った。すぐ横の壁に貼ってあった白い紙に黒一色の文字だけで構成されたA4サイズのチラシに連ねてあるバンド名のひとつを答えた。確かそんな名前だった気がする……。 喫煙スペースになっている薄煙ったい一階ホールを突っ切って、あまり見通しの良くない螺旋階段を下って地下へ。 開演時間にはまだ少しあった。受け取ったまま手に持っていたドリンクチケットで早々にアルコールを入手しようか、とも思ったが、久々の小さい箱でのライブの懐かしさやらうずうずと足の裏から湧いて登ってくる居た堪れなさなどを落ち着かせる為に一旦階段を引き返しニコチンを摂取することにした。 空いている端の丸テーブルの席に落ち着き煙草のフィルターを咥えた時、聞き覚えのある声が飛んできた。 「(こう)さん!こんなとこにいたの?」 声の主は当たり前の様に向かいの席に腰かけた。口をぽかんと開いた間抜け面にも見える黒猫のキャラクターが描かれたライトグレー色のTシャツを着ている。一旦咥えた煙草を手に取りそのままの右手でその胸元を指し示した。 「それ、お前の衣装?」 「そう!最近のお気に入り。かわいくない?」 質問には答えず、肩を小さく揺らして声を出さずに笑うとライターの火を向けられた。それに促されるように煙草を咥えて先端を火に寄せて、ゆっくり息を吸い込む。 今夜のライブのチケットは目の前の男、志岐(しき)から貰ったものだった。 志岐と知り合ったのは二カ月前だった。
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