私と祐ちゃんとクロとシロ(1)

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二歳年下の祐ちゃんへの母性本能から始まった行為。カラカラのアスファルトに小さな雨粒が一滴、二滴と潤いの染みを広げるかのような私の努力。絹のスカーフは小さな雨粒を大粒の雨に変え、一気に乙女心を揺り動かした。  三つ年上の兄は四年前に結婚をして同じ小田原に住んでいる。定年を迎え、今年の四月から嘱託として同じ会社に勤めている父も、近所の診療所で看護師をしている母も、「亮子には好きな人はいないの? いつまで独りでいるの?」 年に何度と聞くフレーズ。二十八、九の頃は、私の心をえぐりもしたが、今ではプラスチックのナイフほどの切れ味も感じなくなっていた。 「亮子、楽しそうね」  鼻唄まじりで赤い縁取があしらわれた黒い弁当箱に、幾つもの手料理を詰める私を冷やかすかのように母が口にする。 「できれば、お父さんが定年前に嫁に行って欲しかったな」  後から起きてきた父が、だめ押しとばかりに口にする。 私以上に、父も母も嬉しそうに私のお弁当作りを眺めている。いや、両親だけではない。リビングのソファーに重たい身体を預けながら時折「ミァー」と私をからかうかのように鳴き声をあげ、クロが私を見つめている。     
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