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女司祭
それ以来、私はその小さなピエロを現しては、動かしたり拡大縮小したりした。
まるで電気のスイッチを点けたり消したりするように、現したり消滅させたりした。
全ては私の意のままにコントロール出来た。私はそいつに関しては全能の神であった。
しかしそんな平和で形而上的な日々は長く続かなかった。
あるとき、そいつは私の意思に反して自分で動くようになった。
まるで聞き分けの悪い子犬のように、配合を間違えた化学薬品のように、私の司令とは違うことをするようになった。
私が左を向くように意図すると、そいつは四回のうち三回は右を向いた。
小さくなれと言うと大きくなった。消えろと命令してもいつまでも浮かんでいた。
天邪鬼のように私の言うことを聞かなくなった。
それでも二十回くらい強く命令すれば言うことを聞いたが、そのうち完全に聞かなくなった。
そいつは自分の意思を持ち始めた。
私の命令とは関係なく好きなときに現れ、好きなときに消えた。
自由に動き回り、大きさを自在に変えた。
あるとき驚かされたのは、私が家に帰ってきたら、そいつが私のベッドで寝ていたことだ。
あるときには私が読んでいる本を横から覗き込んで一緒に読んでいた。テレビのスイッチが勝手に付いたり消えたりした。
私は恐懼した。そいつは現実に力を及ぼすことが出来始めている。早く何とかしなくてはいけない。
私は英語で書かれた魔術書を読み漁り、対処方法を調べた。
いくつかそれらしい方法が見つかったが、それらのうちのほとんどは高等過ぎて今の私の魔術的力では扱えない方法であった。
私は止むを得ず、幻想世界との回路を完全に絶ってしまうことを選んだ。
日夜瞑想してコツコツと見えない世界とのパイプを築いてきたのだが、こうなれば致し方あるまい。
このままそいつに自由にさせておくわけにはいかないのだ。
「アテー・マルクト・ヴェ・ゲブラー・ヴェ・ゲドラー・レ・オラーム・アーメン。汝、夢より生まれし者は夢に還れ。土より生まれし者は土に還れ。天は頭上にあり、地は足下にある。何人もこの秩序を乱す能わず。レ・オラーム・アーメン」
私はそいつを正面に置いた位置で土の五芒星を宙に描いた。
右手の人差し指と中指を突き立てた形で印を結び、両指の先に炎を灯す。
実際に燃えているわけではないが、私の目にははっきりと炎が見える。
エーテル実体で出来た、私の意思で作った炎だ。
指先を左腰の前に置き、一気に顔の前まで持ち上げる。斜め右上に向かって炎のラインが描かれる。
そのまま一筆書きの要領で五芒星を描く。
私の目の前の空間に五芒星形の炎が浮かんだ。
私は胸の前で両手を組み合わせると、炎越しにそいつを見据えた。
そいつは表情というものを全く顔に浮かべずに、こちらを見ている。
「レ・オラーム・アーメン」
消えろ、と強く念じながら、私が呪文を唱えると、一瞬にして五芒星形の炎とともにそいつも消えた。
私は大きく息をつき、シャツの袖で額の汗を拭った。
「やれ、やれ、やれ」
極度に集中したせいか、私は疲労を感じてベッドの上に座り込んだ。
しばらく魔術に関わることはよしたほうがいいな、と思った。私はいつの間にか眠り込んでしまった。
後になって気付いたが、そのときの私は一度乗ったら降りることの出来ない特急電車の片道切符を手にしていたのだ。
それがおよそ一月ほど前のことだった。私はしばらくは魔法の儀式を控えていたが、最近また、どうしても儀式を必要とするようになり、何回か行なっていた。
あいつがまた現れたのは、今やっている魔術に何か関係があるのだろうか?
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