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「脳への一撃だった。一度、君は死んでるんだ」
白衣の彼が言うには、事件に巻き込まれた僕の脳は、その一部を銃弾によって削り取られ、個人的な記憶の部分をごっそり持っていかれてしまったらしい。
「だったら、今の僕は何なんですか」
「脳の一部をAIによって代替している」
「自分が見えないのは、そのAIの不具合だっていうことですか」
「自我にまつわるデータは、情報じゃないから」
彼が言うには、知人に関するデータは、情報を納める箱に入っているが、大事な人に関するデータは、情動を納める箱に入っているらしい。だから、感情と共に認識されていた人は、そもそも認識することができない。そして、感情そのものもまた、死んでいる状態らしい。
「だから子どもが見えなかったんだ。でも、妻は……」
「そういうことなんだろう。俺は、それ以上は言わないし、言う必要もない」
感情を排した表情で、彼は戸棚の前に立った。ガラス越しに、彼の寂しそうな笑顔が見えた。
「それで、今、家族は」疑問を口にしてはみたものの、無感情に響くその言葉は、空になったプラスチックのカップの音がした。
「政府軍に監禁されている。無事は確認されていない」
政府軍? 政府軍って言ったのか?
頭の奥で、記憶が渦を巻いている。これはAIが駆動している感覚なのか、それとも、生き残ったオリジナルの脳が、焼き切れそうな勢いで回転しているのか。
「僕は、何者なんだ」
「俺と一緒に、解放を組織してきた」
白衣の背中が右に傾いている。
彼はいつでも、僕の右側にいた。そして、後ろめたいことがあるときには、肩が離れていくのだ。
そうだ、彼はいつも右側にいた。僕の右腕、組織の右腕――。
「サルマ……」
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