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「うそつき。じゃあ、私に新しい彼氏ができて、この部屋連れてきたらどうするの?」
「それは……見ないふりする。押入れに隠れて耳塞いでる」
「そんなの絶対無理。あなた、嫉妬して出てきちゃうわ」
「そうかもしれない。やっぱ無理だな。じゃあ、僕がいなくなるまで、彼氏作らないでね」
「安心して。私の彼氏はあなただけよ。私、不器用だから二股とか無理よ」
「ほんと、君は不器用だよね。僕のシャツをアイロン掛けしたら焦がしちゃうし、カレーを作ればスープみたいになっちゃうし。でも、この間食べたカレーは美味しかったな。ぶきっちょも治るもんだね」
そう言って
あなたは私の隣で微笑んだ。
あなたにとって
最後のカレーになっちゃったね。
ふいに、あの日の夜を思い出した。
あなたったら、美味しそうに食べて
「これから毎日、君の作ったご飯を食べられると思うと楽しみだよ」
って、言ってたよね。
私は
「嬉しい。じゃあ、毎日褒めてね」
って、あなたに言った。
その後、明日のデートの予定を立てたんだよね。
遠くに行きたい。
きれいな空気が吸いたいの。
そんなこと、言わなきゃよかった。
いつものように電車に乗って
近場でデートすればよかった。
あなただって疲れてたのに
わがまま言わなきゃよかった。
優しいあなたは
「最近、忙しかったもんね。僕も久しぶりにきれいな空気が吸いたいなって、思ってたところなんだ」
って、私に微笑んだ。
わがままな私は
「よかった。じゃあ、どこに行く?山かな?海かな?温泉とかもいいよね」
って、あなたに抱きついた。
そしたら、あなたは私をそっと抱き締めて
「温泉だと君と一緒に入れないし、山だと君の苦手な虫がいっぱいいるからギャーギャー騒ぎそうだし、海が一番いいんじゃないかな。海ならきっと、なにも考えずきれいな空気が吸えるよ」
って、穏やかな声で言った。
私は、あなたの胸に顔を埋めて
「じゃあ、海に決定ね」
って、いつもの定位置から聞こえる
あなたの鼓動と一緒に、胸を躍らせた。
ふたりの心臓をくっつけて
体温を分け合うこの時間が
私にとって、生きる意味だった。
なのに、私は壊したんだ。
あなたも。
この、愛しい時間も。
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