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猫
わたしは名前も家もない、家族もいない一匹猫だった。
もう長いこと生きたし、そろそろ目覚めない眠りにつく日が近いことも分かっていた。
わたしがいた辺りは古い家が立ち並ぶ通りで、中でもコウイチロウの店が一番のお気に入りだった。
コウイチロウはわたしと話しができた。
その店の前の主人もそうだったからそういうものなのだろう。
他の家の人たちにはわたしの声はきこえていないみたいだ。たいていの家では最近は食べ物をくれない。
コウイチロウは行けば食べ物をくれるし、店の中をうろついても追い出したりしない。
ある日、家々の屋根を渡り歩いていると、急に雨が降ってきた。
急いで屋根から降りようとして、古い傷んだ瓦が外れてわたしは地面に落ちた。
しかも上からさらに瓦が降ってくる。
幸い大した怪我はしていない。なのに体が動かない。
おかしいと思いながらも、眠くて目を閉じた。
とてもとても眠かった。雨が毛を濡らすのが冷たくて嫌なのに。
起き上がって屋根の下に入りたい。もう一度瞼を上げて空を見た。鈍色の空から真直ぐに矢のように落ちてくる雨粒。曇ってるのに眩しくて、目を開けていられない。
もう死んじゃうのかな。
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