出会えない

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 風の穏やかな昼前で、芝生にはまだ朝露が乾かずに陽の光でキラキラと乱反射している。  アハハ、と笑いながらこちらへ駆けてくる少女の手には山刀が一つ、鈍い光を放った刀身は鮮血でべっとりと汚れ、先からぽたぽた赤い雫が垂れ落ちている。 「お兄さーん、どうしてこんなところにいるのー!?」  そう叫ばれてどう返事をしたらいいのかわからずいると、瞬間黒い影が少女の右横からぬっ、と現れた。  血潮を吹いて少女に襲い掛かるのはなんとも巨大なイノシシだ。  少女は咄嗟に身を翻し、猛然と突進してくるイノシシと交差する瞬間に首元、腹部、左前脚に、左大腿部へと山刀を滑らせる。  血が噴き上げ、イノシシの体勢が崩れる。  俺は夢中でカメラのシャッターを切っていた。限界集落に興味があり、ふらっと訪れたこの山間部に水色の花柄模様で彩られたワンピース姿の少女が山刀でイノシシと対峙しているのだ。  シャッター音がそうさせたのか、イノシシは俺に狙いを定めたようでこちらへ視線を合わせた。  イノシシが迫って来る、後ろで少女は山刀を投擲したのが見えた。レンズから覗くスピードはひどくゆっくりだ。  縦に回転しながら刀身が放物線を描きイノシシに重なっていく。  また、血潮が舞い上がり、芝と水滴が中空に舞い、抉れた地面の土が飛散する。  倒れこんだイノシシの尻には柄の部分まで山刀が深々と突き刺さっていた。  フッフッと息浅く呼吸するイノシシを呆然と見下ろしていると、少女の影が伸びてきた。  尻から抜いた山刀を少女は喉元へと無言のまま突き刺す。少女は息一つ乱さずにいる。  とどめをさされたイノシシの目から生気が徐々に抜けていくようにみえた。  生物の死の瞬間を生々とみたのはいつ以来かを思い出そうとしたが、どれもおぼろげで、ひょっとしたらはじめてかも知れないのだ。 「ケガとかしませんでした? 大丈夫?」  先に声を上げたのは少女の方、俺は身震いを隠しつつ少女の微笑に対して返事を返す。 瞬間、何故か思ったのだ。俺もこのイノシシみたいにこの場で殺されるんじゃないか、と。        
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