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神社へと登ってくる階段のほうから、姿は見えないがにぎやかな子供たちの声が聞こえてきた。ふたりがふり向くと、ひと足先に登ってきた男がこちらに向かってくるところだった。
「よう」
男が声をかけてきた。
「やっと来た」
成彦は立ち上がって、服の埃を払い始めた。
「章、じゃ、あと頼む。神楽殿の下は掃除しておいたから、この道具類運び込むだけ」
「わかった」
「和義、あと、よろしくな」
トン、とあとからやって来た男の肩をいっかい叩いて、成彦は子供たちがわらわらと登ってくるのと入れ違いに石段を下りていった。さっきまで静かだった境内が、とたんに騒がしくなった。
「はい、こっち集合。日直の人、並ばせて人数かぞえて」
教師の顔をして子供たちに指示を出す友人の様子を章は目で追っていた。
「みんな揃ってるな。じゃあ、ひと通り参拝が終わったら、お弁当食べてよし」
教師の許可が出るやいなや、子供たちは本殿に殺到した。
「走らない。順番。二礼二拍一礼」
ひとりの女子児童が、顔を真っ赤にして教師のポロシャツのすそをよわよわしく引っ張った。
「ん? どうした桜子」
「先生……、あの……おさいせんを……れま…した」
背の高い教師はしゃがんで、児童の目線に合わせた。
「忘れたのか? 泣かなくていい。忘れ物して俺が怒ったこと無いだろ? 忘れ物して困るのは先生じゃないからな。人間誰だって忘れ物ぐらいするんだ。重要なのは、忘れたときどうするかだ。あるものは、おさい銭ちょろまかして参拝だけするだろう。あるものは、ひとのを失敬してしまうかもしれない。だが、桜子、お前はえらい。ちゃんと俺に言いに来たからな。だから、心配するな」
そう言って教師は尻のポケットから小銭入れを取り出すと、中から五円玉を取り出して児童に渡した。
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