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*** 台風14号 ***
章がバスを降りると、もうひとり同じバスから降りてきた男がいた。
「大塚さん、おはようございます。乗ってたの気がつきませんでしたよ」
「おはよう、斉藤。後ろのほうに乗ってたからね」
ふたりは畑以外何もない旅館までの道のりを並んで歩いた。大塚があくびをして目を擦った。
「眠そうですね」
「家を出たの6時前。ここまでのバスはあまり本数がないから、早めに出たんだ。お前も寝不足な顔してるな」
見た目の背格好が似たふたりは、同じような斜め掛けのバッグも、同じ長さでぶら下げていた。大塚は章のひとつ年上で、職場での部署も違っていた。これまでたいした接点もなかった。今回の接待で初めて会話らしい会話をしたぐらいだった。話をしてみると、お互いになんとなく似た雰囲気なのがわかり、少なくとも章は話しやすいと感じていた。
「俺は、なんか昨日いろいろ考え事してたら、なかなか寝つけなくて」
ふたりが歩いていく様子を農作業中の者が何人か手を止めて見ていた。いつもと違う車や職種の人間たちの出入りが多いのを警戒しているのだろうと、章は思った。
「そうだよな。なあ斉藤、知ってる? 俺たちのこと、職場でなんて言われてるか」
「なんて言われてるんですか?」
「今回の接待役に、顔で選ばれたって」
「なんですかそれ」
「能力云々じゃなくて、見映えがいいのを揃えたってさ」
「大塚さんは両方揃ってるじゃないですか」
「お前、俺に気を使って、どうしようっていうんだよ」
そう言って大塚は笑った。
「そんなの、やっかみですよ」
「だよな。特別手当てが出るわけでもなし、代わって欲しいぐらいなのに」
旅館の入り口にようやくたどり着いた。
「そういえば、おととい発生した台風の予想進路見たら、この辺りに来そうなんだ」
「またですか。去年みたいなのは嫌ですね」
「うん、そうだな」
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