ある作家の場合

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 今年に入って三度目の落胆の溜息を漏らすと、神津廉は届いたばかりの落選通知を机の上に投げ出した。 「まぁ、通知が来るだけマシ……か」  力が抜けたように椅子に座り込み、再び深い溜息を吐いた。通知の下の書き掛けの原稿が目に入ったが続きを書く気にもならなかった――どうせまた落選するのだろう。 「今回は自信あったのにな……」  高校の頃から小説を書き始め、高校生作家を本気で夢見ていた。が、きちんと作品を完成させられるようになったのは二十代前半だ。「二十代でデビューを……」と考えているウチに時間は過ぎ、落選した小説に囲まれた二十九歳の男ができあがった。 「……どうするかな……」  神津は背もたれに寄りかかり、電気もついていない暗い天井を眺めた。  ――どうするか。  夢にしがみついてこのまま走り続けるか、夢を諦めてまともな職を見つけるか……。そろそろ本気で自分の将来と向き合わなければいけない時期だ。 「……」  しかし、差し合ったって考えなければならないのは、この落ち込んだ気持ちをどうするか、だ。沈んだ気分のときに決断をしても、きっといい結果にはならないだろう。  一人でいたところで気分が晴れることはなさそうだが、友人に会う気にもならない。かといって一人で贅沢をしようにも金がない。 「はぁ……貧乏は辛いねぇ」  金に余裕があるわけではないが、アパートの近くにある安い喫茶店に行くくらいならいいだろう。そこなら知り合いはいないし、程良く人もいる。ぴったりの条件だ。普段ならコーヒー一杯で数時間居座って原稿を進めるところだが、今日は小説に関する物は何一つ持って行かない。ただ、コーヒーを飲みに行くだけだ――なんて贅沢なのだろうか。  ふっと笑って、神津は椅子から立ち上がった。  くたびれたスウェットの上に同じくくたびれたトレンチコートを羽織る。薄く生えた無精ひげを掻きながら、一応形だけでもボサボサの髪に櫛を通す。財布をコートのポケットに押し込み、アパートを出た。  部屋に鍵をかけた途端、気が滅入るような冷たい風が吹き付ける。 「うぅ、寒っ……」  こんなに寒いなら、部屋に居た方がマシな気がしてくる。  ――やっぱり戻ろうか。いやいやいや。いや、やっぱり……。
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