ある作家の場合

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「いい歳してさ……アルバイトをしながら小説を書いて、またアルバイトをして小説を書いて……。増えていくのは落選した小説と、年齢ばかり……」  女は促すこともせず、ただ頷く。  自分がこうもあっさり弱い部分をさらけ出せたことが神津は不思議だった。まるで魔法でもかけられたみたいにするすると言葉が出る。口にしたところで悩みが解決したワケではなかったが、妙に心地良い感覚だった。 「いつかは作家にって思う自分と、いやいや現実を見ろって思う自分が、最近はなんだかちぐはぐで……結局なんにも集中できないんです」  神津が苦笑すると、女は優しい笑顔のまま、「そうですか」と言ってティーポットを取り出した。ポットからは湯気が上がっている。  いつの間に用意していたのだろうと神津が驚いているうちに、カウンターテーブルの上に洒落た透明なカップが置かれた。女がカップに薄黄色に色づいた液体を注ぐと、青リンゴのような爽やかな香りの湯気が神津の鼻孔をくすぐる。 「ハーブティー……ですか?」 「はい。カモミールのお茶です。不安を取り除いてくれる優しいお茶なんですよ」 「ははっ、確かに、今の自分にぴったりなお茶ですね」  神津が自嘲気味に笑うと、女は首を横に振った。 「私がこのお茶を選んだのは、カモミールがあなたに似ていると思ったからなんです」 「自分に……ですか?」  カモミールがどんなハーブなのかはよくわからなかったが、こんな爽やかな香りを放つ植物と、無精ひげを生やした自分にどんな共通点があるのか興味が湧く。 「カモミールの花言葉はご存じですか?」  神津は首を横に振る。 「逆境の中の活力。踏まれても踏まれても強く育つことから、そんな花言葉が付いたそうですよ」  つまりは雑草ということだろうか。……だが、さすがの雑草だってこう冬が長ければ枯れてしまう。 「私、カモミールの白くて可愛らしい花がとても好きで、外でも部屋でも育てていたんです」  女は腰に手を当て、嘆かわしげに溜息を吐いて続ける。 「でも、部屋の中のカモミールにはいつの間にか虫が付いてダメになってしまいました」  女は一度言葉を区切ると、神津に意味ありげな視線を向ける。
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