ある独身の場合

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「また数値の入力ミス」  時田理子は書類をデスクの上に置き、赤ペンを手にする。入力を間違っている箇所に丸をつけ、ついでに誤字脱字にもチェックを入れると、隣で沈痛な面もちのまま立っている青井真太郎に手渡した。 「すみません」  真新しいスーツの上にある顔は若々しいが、沈んだ表情のせいで整った顔が台無しだ。  ――こんな単純作業もできないのか。  喉元まで出掛かった辛辣な言葉をかろうじて飲み込む。  だが、新人のうちに厳しく教育しておかないと、困るのはこの男だ。手は抜けない。 「仕事は教えられる。でも、これはただのミスよ。私はあなたのケアレスミスを指摘するための機械にはなりたくないの。こんなミスばかりしていたら、いつまで経っても次のステップに進めないわ」 「……すみません」 「謝らなくていいわ。そのかわり同じことは繰り返さないで」 「……すみません」  涙ぐむ真太郎を無視して理子は仕事に戻る。真太郎が落ち込んだ様子でトボトボと自分のデスクに戻るところを横目で見ながら作業に集中しようとする。そんな理子の耳に、潜めた話し声が届く。 「時田さん、厳しすぎないですかぁー?」  真太郎と同じく新人の暦カレンが自分の教育担当である男性社員に話しかけているようだった。媚びたような声色も、語尾を伸ばす間抜けな話し方も理子は気に入らなかったが、男性社員たちには好評なようだ。 「婚期を逃して八つ当たりでもしてんだろ」  セクハラで訴えてやろうかとも思ったが、気にしない。あんなのを相手にするだけ時間の無駄だ。 「え? 時田さんって彼氏もいないんですかぁ?」 「いや、いるよ?」 「え?  うそー」 「あいつは仕事が彼氏だから。いや、仕事の彼女って言った方が正しいかもな」 「どういうことですか?」 「ん? 仕事君にとって都合のいい女ってことだよ」 「かわいそー。カレンはそんな風に都合のいい女になりたくないですぅー」 「大丈夫だよ。カレンちゃんは若いし、何よりかわいいから。仕事君だって都合のいい女にしないさ」  理子はため息を吐き、仕事もせず口ばかり動かしている男女に視線を向ける。目が合うと二人はばつが悪そうに肩をすくめて仕事に戻る。 「……はぁ」
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