雪景色、梅の木の元、老紳士。少女は切り取る、世界の一片。

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「綺麗だ」  雪景色に溶け込む祭囃子。太鼓や笛、鐘の音が雪に溶けながらも、離れたこの場まで響き渡る。カメラにその光景を収めようとする少女は、老紳士に見向きさえしない。ただ反応する辺り、少女は律儀な性格である。 「何が」 「雪景色、祭り、それを切り取り続ける君。この場を形成する全てが綺麗…そう言ったら、分かるかね」  漸く老紳士を見た。長時間寒空の下に居たため、少女の元々雪の様に白い肌に赤みが差していた。 「恥ずかしい事を言う人ね。知っていたけれど」  丸眼鏡を曇らせた奥、少女は傍で咲く梅と同色の瞳を睨ませる。 「でも結局は場面を切り取る事しか出来ない。音も、匂いも、気温も、生きている証拠を画面の向こう側へ私は伝えられないの」 「それは今、君が決めつける事ではない。写真を見た人がどう感じるかは、その時にならないと分からないのだから。もしかしたら『太鼓の音色が聞こえる』と感じる人がいるかもしれないじゃないか…私の様に」  それでも調子を変えない老紳士。皺の刻まれた口元を穏やかに上げながら答える。反抗心からか、少女は間髪入れずに言葉を切り返していく。 「知ったように言わないで頂戴」 「しかし、事実なのだよ」 「集中したいの、黙ってくれるかしら」 「いいとも。さあ存分に撮りたまえ、私を」 「面倒な人。貴方なんか撮っても無駄よ」 「悲しい事を言ってくれる」  無駄だと言いながらも老紳士にレンズを向ける少女。コントの様な軽快なやり取り。そんな時、太鼓の音が鳴り響き、送り火が焚かれる。 「そろそろ時間の様だ」  中折れ帽を被り直す老紳士。身なりを整えるその姿に、少女は別れを悟る。 「…来年も来てくれるかしら」 「それは空の機嫌次第だね。梅が咲き誇っていても、雪に隠されては勿体ないから」  最後まで少女は老紳士に笑顔を見せない。それどころか眉を寄せた。そんな少女の頭を仕方がないと言った風に、老紳士はくしゃりと撫でた。  太鼓が一層鳴り響く。目の冴えるような、一打。その音が消えたと同時に、少女の柔らかな髪を撫でていた手は消え去る。  少女は先程の画像を確認する。老紳士が居た場所に映るのは、雪景色に埋まる一つの墓石。やっぱりね、と呟きが漏れる。 「こうしたら、貴方が言うようになるかしら」  雪の白に冷たい墓石。そこに彩る枝ごと供えられた梅の花。やっと笑った少女は悴む指でシャッターを切った。
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