北町夜話

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 夜の(とばり)が畳の上を音もなく忍び寄り、徒広(だだっぴろ)い座敷をずぶずぶと侵食していった。  夏の日は高けれども、ひとたび傾けば夕闇の足は速い。いつのまにやら座敷の隅に(うずくま)(さむらい)までも闇に漬かっていた。  ねっとりとした昏暗の中――江戸(えど)八丁堀(はっちょうぼり)町方同心(まちかたどうしん)山崎(やまざき)宗右衛門(そうえもん)は、(ひと)り震えていた。  宗右衛門は明日早朝に江戸を()で、上方(かみがた)にまでゆかねばならなかった。上役(うわやく)からの命である。  普段の宗右衛門ならば、都遊(みやこあそ)びの大義名分を貰ったと喜び勇んで京にのぼるのだが、今回は事情が違った。  都の風靡(ふうび)の地――嵯峨(さが)化野(あだしの)に立ち寄らねばならなかった。
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