7人が本棚に入れています
本棚に追加
夜の帳が畳の上を音もなく忍び寄り、徒広い座敷をずぶずぶと侵食していった。
夏の日は高けれども、ひとたび傾けば夕闇の足は速い。いつのまにやら座敷の隅に蹲る侍までも闇に漬かっていた。
ねっとりとした昏暗の中――江戸八丁堀の町方同心、山崎宗右衛門は、独り震えていた。
宗右衛門は明日早朝に江戸を出で、上方にまでゆかねばならなかった。上役からの命である。
普段の宗右衛門ならば、都遊びの大義名分を貰ったと喜び勇んで京にのぼるのだが、今回は事情が違った。
都の風靡の地――嵯峨化野に立ち寄らねばならなかった。
最初のコメントを投稿しよう!