北町夜話

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 化野(あだしの)は小倉山麓一帯に広がる京洛(きょうらく)の西の無常所(むじょうしょ)であった。東の無常所である鳥辺野(とりべの)と同様、無縁仏(むえんぼとけ)が散乱する風葬(ふうそう)の地である。  つまり腐乱(ふらん)したり糜爛(びらん)したり禽獣(きんじゅう)()ろうていたりする(しかばね)がごろごろしているのだ。  怖い。  そんなところに行くのはとても怖い。  宗右衛門(そうえもん)は凍えるように、無骨な両手で己の肩を抱いた。都の華やかな雰囲気や京美人(きょうびじん)のしっとりとした柔肌(やわはだ)への想いなど、一瞬にして吹き飛ぶくらいに怖かった。  しかし、元来宗右衛門(そうえもん)は臆病でもなんでもなかった。  むしろ誰よりも肝っ玉は据わっていたといえる。  (した)()きがひるむほどひどいもの(・・)でも、まったく怖くなかった。信心が欠如しているせいか、嫌でもなかった。  死体が怖くて江戸の同心(どうしん)などやってはいられぬ。  怖くなったのはほんの最近――去年の夏のおわりのことだった。
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