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陰気な黒ずくめの服に身を包んだ兄が、雨の中、静かに車を運転している。
わたしはその助手席に座り、会話もそこそこに、時折揺れる振動に身を任せ、憂鬱な気分の中あることを思い出していた。
”『お前、嘘つきだもんなっ』
『え?』
『嘘つき』
『嘘なんかついてないもん!』”
遠い昔の記憶──。
「そういえば……」
無言の車内を嫌ってか、兄が唐突に口を開いた。
「お前を助手席に乗せて運転する機会って、あんまりなかったなぁ」
見ると兄はハンドルを握ったまま、わたしのほうへ顔を向けていた。
良心の呵責でも感じているんだろうか?
正直、今更どうだっていい話だ。
「そうかなぁ」
わたしは適当な返事をした。
咳払いが一つ。
車内に響く──。
兄も察して、また口を閉ざした。
そして沈黙。
雨音とウインカーの音だけが、この静かな車内の唯一の音のように響く。
車は左に右に、曲がり角を何度も曲がった。
わたしはそのたびに、意味もなく角の数を数えた。
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